トランプラリーに参加してみた〜ニューハンプシャー州にみるアメリカの選挙と政治
「トランプ支持者」というと、人種差別、陰謀論、白人至上主義などのイメージがあると思う。では、熱狂的と言われるトランプラリーはどんな雰囲気なのか?また、そこにはどんな人が来ているのか?見るからに東アジア人でアクセントのある言葉を話している私とか黒人などが参加しても大丈夫なのか?個人的な体験から考えてみたい。
選挙がつまらないマサチューセッツ州
私の住むマサチューセッツ州は非常に民主党より(リベラル)で、大統領選挙では誰が出ても民主党が勝つ状態だ。2020年の大統領選では、得票率はバイデン66%対トランプ32%で、大差がついている (1)。ただ、それでも3割以上の得票率があり、郊外に行くとトランプのヤードサインを掲げた家を見かけたりはする。アメリカの大統領選では、一部例外を除き、勝った候補がその州の選挙人(人口に比例して割り当てられているポイント)を総取りするので、よく考えて1票を投じたところで、ここではカリフォルニア州などと同様、自分の票が政治を左右する可能性は0なので、選挙はつまらない (1)。アメリカが分断され二局化している現在では、大統領選の候補者は、勝敗を決める「スウィングステート(どちらに転ぶかわからない接戦の州)」での活動を優先し、勝敗が見えているマサチューセッツ州のような場所を訪れることはまずない。この原則を守らなかった1960年大統領選でのニクソンは50州全てを行脚して体を壊し、それが原因でケネディに負けるという失態を演ずることとなった (2)。
選挙が楽しいニューハンプシャー州
ところが、幸いなことに!隣のニューハンプシャー州は、スウィングステートだ。2016年、ヒラリー・クリントンはトランプにわずか2736票差(有効投票数743117、得票率で0.37%)で薄氷の勝利をしている (3)。州の人口は2016年当時も今も130万人ほどしかない。この小さい州がなぜ選挙でいつも話題に上るのか。ここでは、各党の候補を決める州レベルの予備選・党員集会が1月早々全国で2番目に行われる(党員大会ではなく、選挙が行われる州としては1番目)。人口が少なくて得られる選挙人の数がわずかでも、プロスポーツのプレーオフと同じく、最初に勝つことがその後の長い選挙戦に大きな影響を及ぼすため、1番目のアイオワ州と並んで大統領選では非常に重視される。マサチューセッツ州からニューハンプシャー州は近い。上記のような理由で、トランプも頻回に来る。彼が来たらラリーが開催されるのはボストンから車で1時間も走れば着く場所だ。
なぜニューハンプシャー州はスイングステートなのか?
この州は選挙がかなり面白い。なぜなのか、考えてみたい。アメリカでは、投票先が、人種、教育レベル(大卒かそうでないか)、宗教や性別に大きく左右されることが知られる (42)。この中、特に大卒なのか、そうでないのかの、教育レベルの影響が非常に大きいことが知られる。ここでは、どのファクターが大きいのだろう。
ニューハンプシャー州は白人が大多数を占めるが、宗教的に自由な雰囲気だ。ここでは93%が白人。隣のメイン州、バーモント州も94%と白人比率は高い。黒人は2%、中国やインドまで含めたアジア系は3.2%しかいない (4)。キリスト教徒は59%(福音派は13%しかいない)を占めるが、南部のバイブルベルトの州のように、保守的・宗教的ではなく、なんと36%の人が無宗教と回答しており、宗教的には相当自由な雰囲気であることが伺える (5)。アメリカで一番保守的で信仰心が強いのは、アラバマ州とミシシッピー州だ。アラバマ州では、キリスト教徒は86%、福音派は49%で無宗教は12%だけだ (6)。ここでは、ガラリと変わって白人は69%、黒人が27%だ(アジア系は1.6%)(7)。アラバマ州では、82%が神を絶対的に信じ、73%が日々欠かさずお祈りをしているが、ニューハンプシャー州で神を絶対視する人は43%しかおらず(マサチューセッツではたったの40%)、日々のお祈りを捧げるのもニューハンプシャー州では36%しかいない(マサチューセッツでは37%)(8)。
ほぼ白人なので、他の州と異なり、投票行動は人種以外の要素が重要となる。ここでは、大卒は宗教的でない傾向が強く、大概根強い民主党支持者となる。それ以下の学歴のものは共和党支持が高いと言われる。2021年、4年制大卒以上の学位を持つ25歳以上の人口への割合は38%(アメリカ全体では38%)(9)。ニューハンプシャー州では、人種の差がない分、アメリカ全体に広がる二極化、特に学歴による分断がそのまま数字に出る格好だ。
州によっては、登録政党の予備選にしか投票できないため、有権者は支持する政党を登録することができることが多い(しなくてもいい州も多い)。ニューハンプシャー州はオープンプライマリー、つまり登録政党に関係なく予備選に投票できるため、支持政党を明確にしなくても良いが、登録はある程度政治的嗜好を反映している。2023年現在、民主党登録者は30.28%、共和党29.82%と拮抗している。39.90%は政党無登録なので、無党派層が厚い。ちなみに、マサチューセッツ州では民主党28.58%に対して共和党8.67%と民主党登録者の方が遥かに多い (10)。ニューハンプシャー州は1992年までは共和党支持で一貫していたが、その後の国政選挙では双方の候補者が入れ替わり当選する形になっている。
重要なポイントとして、ニューハンプシャー州では、リバタリアン(自由至上主義者)的な考えが根強いということがある。リバタリアンは個人の選択の自由を中心におき、個人や企業の自由と権利が制約されないよう、小さい制限された政府を掲げ(福祉国家の対局。究極的には無政府で、これは保守の主張する小さな政府よりもさらに極端)、規制を嫌い、徴兵制や徴税といったものを否定する(民主党は大きな政府による規制を目指すので、これはリベラル左派とは逆方向)。ニューハンプシャー州では、周辺の州に比べて、たとえば、銃規制 (11)や、バイクのヘルメット着用 (12)に至るまで規制が非常にゆるい。マサチューセッツ州では原則禁止の花火もこの州では許可されている (13)。ニューハンプシャー州は、宗教的・保守的な南部や中西部の州とは異なり、宗教的でなく、リバタリアン的な考え方が根強いため、ワクチン反対と中絶の権利擁護が共存して主流となる稀な州でもある (3)。
税金嫌いなので、日本の消費税にあたるセールスタックスがなく(マサチューセッツ州は6.25%)、州の所得税もない(ただし連邦所得税は普通に課税される)。酒類は、州所有のリカーショップに販売が限定されており、ものにより税金はないか、低く抑えられており、消費税はかからないため非常に安価となる。このため、他州からも買い物客が来るため、州境にはいわゆる大規模リカーショップが並んでいる (13)。
ニューハンプシャー州は比較的裕福な州だが (14)、失業率も5番目に高く (15)、格差が大きく、経済に問題がないわけではない。また、薬物依存治療への少ない投資、麻薬性鎮痛薬の過剰処方などが原因で、2015年にはウエストバージニアに次いで全国2番目に薬物過剰摂取による死亡が多いという不名誉な状況になった。懸命の対策により、現在ではアメリカ平均程度に落ち着いてきている (16)。州民が政治に関心が強く、民意を踏まえた上で時事問題を解決する候補が心に響く。経済の問題はもとより、薬物過剰摂取の問題は、この風光明媚なニューハンプシャー州に深刻な影を落とした。私の同僚でも、ニューハンプシャー州に家を持ち車で通う人が多数いるが、このドラッグの問題は知り合いの若者や我が子に広がり、州民の日常生活に大きな衝撃を与えたため、よく話題になっていた。アメリカのメキシコ国境から遥か遠いこの州が、不法移民やドラッグの問題に非常に敏感で、これらの問題が響くのは、こういった理由による。オハイオ州上院議員JDヴァンス(J.D. Vance)氏のヒルビリー・エレジーは2016年のトランプ当選を解き明かす上でキーになる著書であるが (17)、ニューハンプシャーはラストベルトに位置せず、比較的裕福な州で事情は大きく異なるとはいえ、貧富の格差もあり、貧しい低学歴の白人も一定数存在する (43)。そういう田舎が薬物でどのように荒廃していくのかの理解に参考になる (17)。
極論すると、アメリカ人のほとんどはアメリカが一番と思っており、国際問題には鈍感で、ローカルな話題に興味あり、考え方は内向きだ。現在では新聞を読む人はいなくなったが、以前から全国紙といえばUSA Todayぐらいで、大概の人が地方紙から地域の関係ある話題を得る構図になっていた。ここも例外ではない。Voxのインタビューに2023年現職のクリス・スヌヌ(Chris Sununu)ニューハンプシャー州知事が答えているが、ここでは州民は選挙に積極的に参加するため、地域問題に焦点を当てて有権者に近い選挙活動をすることが重要で (3)、きちんと労力と時間をかけて浮動票を取り込む必要がある。この州では、なんと州の公職者が全て2年ごとに改選のため、頻回に選挙が行われており、州民が政治に参加する文化が定着している。2020年には75%の人が大統領選に投票しており、選挙が州のスポーツというジョークがあるくらい、投票率は常に高い(アメリカ平均では67%)(18)。それを理解せずに全国と同様のゆるい運動を展開したバイデンは、2020年の民主党予備選では4位という惨敗を喫した。
ドナルド・J・トランプ
前置きが長くなったが、トランプに話を戻す。ドナルド・J・トランプ氏は、もともとニューヨークのカリスマ的不動産王で、また2004年にNBCの「The Apprentice」という番組が大ヒットしてからはテレビパーソナリティとしても名を馳せた (20)。公職に就いたことのない人が大統領になるのはアメリカで初めてだ(政治経験がないのはアイゼンハワーなど3人の軍人の例がある)。
彼の政治スタイルに関しては、周知の通りなのでここでは書かない。トランプは、彼の好き嫌いに関わらず、立候補直後から大統領就任、在任期間中、また大統領離職後も、政治報道を年中無休のショーに変えた(21)。何があってもそのスタイルを変えることはなく、メデイアから執拗にマークされている。
超絶人気、トランプラリー
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