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コロナ禍で ある日突然 沼にハマった40女のはなし

 2021年2月某日、私の生活に劇的な変化が訪れた。私はこの日を境に自分の人生をB.B.(Before Bantan)とA.B.(After Bantan)に分類したい。

 事の始まりは一本のYouTube動画だった。その日は月に一度の心療内科へ行く日だった。私は20年以上前にパニック発作を発症してから、オンオフあるもののずっと心療内科にお世話になっている。
 かかりつけの先生に「調子はどう?」と訊かれ、「毎日の生活で楽しいことが何もないです。もっと活動的にならなきゃ、何か始めなきゃと思うのですが、とっかかりがなくて。毎日おつまみを作って晩酌することだけが楽しみです」と答えていた。これはその頃の偽りのない私の切実な思いだった。

 コロナ禍での自粛生活が始まってから約一年、仕事も完全リモートで恋人もなく独り暮らしの私は、SNS上を除いてほとんど人と交流することのない生活を送っていた。元々出不精でひとり行動が好きなことも手伝い、コロナ禍になってからは一週間スーパーの店員さんと愛猫以外とひと言も口をきかないことなどざらで、家から一歩も出ない日も増えていた。
 人間関係で心が躍るような出来事もないし、オシャレをして美味しいものを食べに行く楽しみも叶わない。仕事も40代後半に入って行き詰まりを感じていた。「自分の人生のピークはもう過ぎてしまったのだ」というどんよりした思いを抱えながら、ただただ日々を消化していくような生活を送っていた。とにかく孤独で時間を持て余していた。

 「あれこれ考える前にとにかく動いてみるのもいいと思いますよ」という医師の言葉を反芻しつつ、特に何か始めるでもなく、私はいつものように自宅での仕事を終え、何度も見たテレビ番組の録画を眺めながらワインを呑んでいた。
 これほど無為な時間の過ごし方はないなと自嘲しながらふと、K-POP好きの姉に「何かオススメの動画あったら送って。ダンスがカッコいいやつとか」とLINEしてみることにした。K-POPは全く詳しくないが、以前ガールズグループのダンス映像にハマったことがあるのを思い出して、最近またそういうカッコいいダンス映像があれば気晴らしに見てみたいなと思ったのだった。

 姉が送ってくれた10本ほどの男女K-POPアーティストの動画の中にそれはあった。

 “Boy with Luv”(BTS V FanCam)というタイトルのその動画は、2019年のMCountdownという番組でBTSがヒット曲“Boy With Luv”のパフォーマンスを見せた時のもので、メンバーのひとりであるV(テテ)を追った映像だった。
 「BTSが人気なのも、すごいイケメンがいるのも何となく知ってるけど誰が誰か見分けがつかない」レベルだった私は、この時BTSのパフォーマンスを初めてフルで見た。

「え、この人(テテ)のダンスと表情ヤバくない?!」

 それが私の最初の感想だった。そしてまた見たくなって何度も繰り返し再生する。他にも“V FanCam”などで検索して他の動画を見てみるが、結局この動画に戻ってくる。後に色々知ってから改めて思うのだが、この動画は魅惑的に表情をくるくると変えながら絶妙な動きでファンを惹きつける、テテの魅力を全部詰め込んだような映像なのである。あまたあるBTSのパフォーマンス映像の中からこれを選んで送ってくれた姉にはもう本当に感謝しかない。後にメンバー全員の大ファンになる私だが、もし最初に見たのがこの映像でなければハマっていなかったかもしれないと思う。

 とにかくこの動画の虜になった私はヒマさえあれば(ヒマだけは沢山あった)YouTubeを開いてテテのパフォーマンス映像を漁るようになった。そうして数日が経った頃、何となくBTSの基本的な情報を知りたくなり、ネットで各メンバーの名前や特徴、プロフィールを調べてみることにした。
 すると、端正な顔立ちからクールな印象だったテテが不思議ちゃんで人懐っこいと言われていることや、私が知った時には既にトップスターだったBTSが下積み時代にとても苦労していることなど、意外な情報がたくさん出てきて、今度はヒマさえあればBTSの過去のエピソードなどをネットで検索するようになった。

 そうやって調べていくうちに彼らの情報の膨大さ、それらの情報を発信している"ARMY"と呼ばれるファンの人たちの熱量の大きさを体感し、「何だかとてつもないものに足を踏み入れてしまったのではないか」と思うようになった。

 今でこそ日本でも一般的な手法になってきているが、BTSというグループはネット上で無料で視聴できるMV、バラエティ番組、練習動画、メイキング、インタビューといった公式コンテンツがとにかく膨大にある。また、ファンたちによる情報のまとめだけでもありとあらゆる目線で楽しむことができるため、人によってどこから入ったかが千差万別だと思う。
 私の場合は「テテの神動画」から「BTSの過去エピソード収集」に移行した後、初めの3ヶ月間はとにかくBTS漬けの生活で各メンバーにハマり、楽曲にハマり、ファンクラブに入り、DVDを買い揃え、メンバー着用ファッションをマネし…といった推し活の王道コースを辿った。(結局ラップメンバーのSUGAの推しになり今に至る)

 BTSの楽曲で一番有名なのは「Dynamite」だと思うけど、そういったポップな曲だけでなく、むしろヒップホップ色が強めのものや耽美的な曲、コミカルな曲、センチメンタルなバラードなど、本当に世界観がしっかりした完成度の高い曲が多い。昔から海外のポップス、ロックやパンクを中心に色んな音楽を聴いてきた私のような層にも刺さる曲が大量にある。あんなに凄いパフォーマンスをする人たちが、同時にこれほど優れた楽曲をコンスタントに創り出していることが本当に凄いと思う。

 とにかくこうしてBTSとの出会いによって、わずか3か月の間に私の生活は激変した。
 一年近く誰とも会わず家に引きこもってお酒ばかり呑み、2-3日シャワーを浴びなくても服を着替えなくても平気なぐらいになっていたが笑、毎日朝早く起きてシャワーを浴び、着替え、軽くメイクもして、突き動かされるように週5でジョギングを始めた。UberEatsばかりだったのが、食事にも気を遣うようになった。
 なかなか明けないコロナ自粛生活の中で、ようやくコロナ前の自分の生活ペースを少しずつ取り戻すきっかけを得たような感じだ。運動するようになってからメンタルの調子の悪い日も格段に減った。

 それがどうBTSと関係があるのか?と言われると、私自身も上手く説明できないのだけど、彼らの素晴らしいパフォーマンスとその裏にあるとてつもない努力、そしてインタビューやドキュメンタリー映像から伝わってくる彼らの誠実さや生きる姿勢を見ているうちに、「私ももう少しマシな人間になりたい」という欲望が湧いてきたのだ。
 これは「運動してキレイになってBTSメンバーみたいな素敵な人と出会いたい!」とかそういう事では"全くない"。何と言うか、何か行動を起こす原動力を得たというか、そういう感じだ。今までアイドルファンになったことがないのでよく解らないのだけど、もし人をインスパイアする事がアイドルの存在意義のひとつだとしたら、BTSはそういう意味では紛れもなく「アイドル」だと思う。

 コロナ禍でみんなが何か癒しや刺激を求めている中、私のような新規ARMYが急増したと聞く。きっとみんなアプローチやツボる部分が違うだろうけど、同じような思いでBTSを見て何かを感じ、刺激を受け、会ったこともない彼らの幸せを心から願う人たちが地球上にたくさんいると思うと、コロナ禍以降、社会と隔絶されてきたという感覚も少しだけ緩和され、自分の世界がワントーン明るくなった気がしたのだ。
おわり

(↓ARMY以外の人には興味ないであろう、3ヶ月で沼にハマった詳しい経緯↓)
BTSのMVやダンス練習動画を一日中リピート→ジョングクのパワフルなダンスとイケメンさが好き過ぎて辛い→ファンクラブ入会(高校時代の岡村靖幸以来、人生で2度目)&VLIVEとWeverseをダウンロード→RUN BTS!で各メンバーのキャラや魅力がわかってくる(ていうかこの人たちバラエティもこんなに面白いの?!とびっくりする)→Memoriesシリーズのライブ・密着映像でBTSが人気アイドルから世界的なスターになっていく過程を時系列で追うにつれBTSの全体像が掴めてくる→ライブと密着映像でジミンちゃんのとんでもない魅力に気づく→目覚めるとベッドの中でYouTube、仕事中もテレビでMVを流しっぱなし、夜はネットで情報検索と、24時間BTS漬けの生活→毎朝起きてBTSの事ばかり考えるのがツラいくらいハマる→新大久保に行って韓国食材を買ったりネットでメンバー着用と同じ服を買ったりし始める→Bon VoyageやIn the Soopなどの旅番組で人間力の高いヒョンラインの魅力に気付いてしまう(個人的感想)→繰り返しRUN BTSを見ているうちにソクジン、ユンギ、テヒョンの笑いのセンスにハマる→ユンギのラップとツンデレの虜になりユンギペン寄りオルペンで落ち着く→ようやくハマリ過ぎてツラい時期から少し落ち着き正常な日々を送れるようになる。ネットで調べまくって、現在視聴できる彼らのあらゆる映像コンテンツを片っ端から見つつ、お気に入りの映像を繰り返し見る日々



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