琉球の天の川はずっと高いところで笑ってる(完結編)
日本最西端の岬に夕日が沈んで行く。水平線の向こう側へ沈んでゆく太陽は、まるで全てを飲み込んでにっこりと微笑んでいるようにも見える。
宿泊するゲストハウスの目の前にはガソリンスタンドがあり、僕の相棒の原付に腹一杯晩飯を食わせてやることにしました。
気だるそうなオッサンが満タン証明書と共にガソリン代の明細を持ってきた。173円と記載してある金額を見て、もう少しおかわりしても良いのにって少しだけ申し訳なさを感じてしまう。
1日中引っ張り回した相棒の晩飯はたったのこれだけ。「お前は意外と少食なんだな」と心の中で呟いてしまった。
ガタガタグルーン、、、爆音と共に白い煙を吐きながらスタンドに1台の車が入って来た。カマキリ男の乗った軽自動車だ。カマキリ男とは、同じ宿に泊まる宿泊客で、彼もひとり島旅を終え宿に帰還するところだった。僕と同じく軽自動車に晩飯を食わせにやって来たのだ。
「2,422円です」微かにスタンドのオッサンの声が聞こえた。
ん?2,422円?
振り返るとカマキリが憮然とした表情でスタンドのオッサンと話している。あのオンボロ軽自動車は意外と大食いだったのか、そもそも初めから満タンではなかったのか。兎に角、存外な金額に納得がいかないのか、イチャモンをつけている様子だった。
笑いを堪えながら、面倒に巻き込まれたくない一心で、聞こえないふり、見ないふりでそそくさとスタンドを後にした。
ゲストハウスに戻ると熊男が待っていた。
「はい、お疲れさま、怪我はなかったですか?」
「はい、大丈夫ですよ、快適でした」
「うちは晩ご飯はついてないので、近所で食べてきてね」と飲食店のリストと部屋の鍵を渡された。どこも予約が必要だという。
僕の部屋は5号室。玄関を入るとちょっとした共同のスペースがあり、右に曲がった2つ目の部屋が5号室。鍵は南京錠、蹴飛ばせば難なく入れてしまいそうな柔な作りをしている。部屋の中は殺風景で、小さな机と布団が畳んで置いてあるだけ。まるで拘置所の独房みたいだ。
荷物を部屋に放り投げ、共同スペースへ戻ってみることにしました。そこには冷蔵庫とレンジが二つ。棚にはカップラーメンと缶詰め類がぎっしり置いてある。どれも200円らしく、缶で作った賽銭箱に硬貨を入れるだけの完全自己申告制のようだ。実際に手に取って振ってみると、案外沢山の硬貨が入っているのがわかる。
共同スペースは10畳くらいの広さで、横長の座卓が3つほど座布団と共に置いてある。自由に使っても良いらしい。
ガタガタグルーン、、、外で聞き覚えのある雑音がする。カマキリの帰還だ。暫くすると玄関から不機嫌そうなカマキリ男が入ってきた。
「やぁ、お帰りなさい、お腹はもう大丈夫かい?」
「お腹は大丈夫ですが、車はタメよ、アレ、、、タンクに穴が空いてる」
吹き出しそうになった。
カマキリの話だと、借りた軽自動車はボロいだけでなく欠陥車だったようで、給油タンクが劣化して燃料が漏れていたのだという。この島は一周しても25km程度。それほど走行距離は変わらないはずなのに、ガソリン代は僕の10倍以上支払っている。2,422円だもの。
「僕は原付だったからね」そう言ってみると、
「こっちはボログルマよ、ホントにタメよ」
「宿主に文句言ってやれば」
「あの人デカくて怖い、、、タメね」
我慢できずに吹き出してしまいました。確かに熊男は凶暴そうだ。下手に文句でも言ったら、余計な難癖つけられて車の修理代まで取られそうな勢い。だからしれっと返却したんだとか。賢いんだかアホなんだか。
大笑いしている僕を見てカマキリはキョトンとしている。何が可笑しいのかまるで理解できていない様子だ。すると玄関から若い女性がふたり入ってきた。
「ただいまぁ」
「こんばんわぁ」
ダイビングに出かけていた女性組のようだ。女性組は僕らを見て笑顔で挨拶をしてくれました。
「おふたりで旅行ですか?」
「あっ、いや、、、」僕が返答にもたついていると、
「はい、3人で来ました」とカマキリ男。
3人?なんだそれ。彼はきっとアライグマ男を含めて3人でチェックインしたのだと言いたいのだろうが、面倒臭かったので補足はしなかった。まぁ、この際、2人でも3人でも構わない。
真っ黒に日焼けした女性組と、お互いの今日の出来事を共有しました。午前中は波が荒かったので少し遅れてダイビングを楽しんだこと、カマキリがお腹を崩してトイレに閉じ込められたこと、アライグマの借りた原付がボロくて遅いこと。昼飯を食べ損なって鹿川商店で済ませたことなど。
「そう言えば今夜の夕食の予約って済まされていますか?」と女性組の1人が尋ねてきました。しばし沈黙した後、ここにいる全員が予約をしていないというので、先ほど熊男に貰ったリストを出して予約の電話を入れてみることにしました。
「すみません、今夜は満席なんです」
「申し訳ございません、今夜はお席がありません」
どこにかけても空席はなかった。女性組とカマキリは僕をじっと見ている。
「な、なんででしょうか」
「先ほどお話しされていました商店しかないようですね」
「鹿川商店のことですか?」
「原付でならここからでも直ぐですよね?」
つまり、食材を買い出してこいってことだろう。残念ながら鹿川商店は駐車場がない、そもそもカマキリ号は欠陥車。一方、僕の相棒は絶好調。でも原付なので二人乗りはできない。そう言うことだろう。
時刻を見ると18時40分。確か今日は19時まで開いてるってポニーテールの彼女が言ってたな。と言うことは、今ならギリギリ間に合いそう。ポニーテールの彼女と再会できることだし、僕が買い出しの大役をお引き受けすることにしました。
鹿川商店についたのは18時55分。ラッキー、まだシャッターは閉まっていない。ポニーテールを意識してか、少しドキドキして入り口に飛び込むと、”いらっしゃいませぇ”の声がした。声の主はポニーテールではない、ざん切り頭をした齢80を超えているだろうお姉様。なぜかスルメを食っている。
僕のドキドキを返せ!と言いたくなってしまったが、そんな事より今夜の食材を探さねば。狭い店内をぐるりと回っても、お酒のあてとなる物以外見当たらない。
スルメ、チーカマ、ちくわ、イカフライ煎餅、サキイカ、、、籠いっぱいのビールと焼酎、そして少しのさんぴん茶を齢80のお姉様に差し出し精算終了。スルメを食っているせいか、方言のせいか、彼女の発する言葉の殆どを聞き取れなかったので愛想笑いだけしておいた。
結局、共用スペースに備蓄してあるカップラーメンのお世話になることに。僕にとっては、昼と夜も鹿川商店のお世話になります。今し方、購入してきたお酒と、そのあてを長テーブルの上にザッと広げ、ごく自然に今夜の酒盛りが始まりました。
だいぶ酔いが回りました。時計の針は21時を回っている。
「ねぇ、そう言えばあなた達は3人ではなかったの?」
「ん?」
そう言えば、アライグマが戻っていない。最後の目撃者は僕であり、場所はここから目と鼻の先である西崎の灯台。でも、10時間くらい前だ。
熊男に連絡しようとしたが、もうここにはいないようだ。探しに行こうにも飲酒運転になってしまう。
仕方ないので、もう少し様子を見ることにしたのです。
それから1時間後。22時を少し回った頃、玄関の引き戸が開いた。アライグマ男だ。
すかさずカマキリが立ち上がりこう言い放った。
「心配させないでよ! 連絡くらいしてよね」
アライグマはキョトンとしている。「お前は誰よ」と言いたげな顔で。
それはそうである。僕たちは今朝会ったばかりで携帯の連絡先どころか名前すら知らない。アライグマにとっては”心配させている”とか”連絡しなければ”なんて意識はない。しかし、何となく察したのか「すみません」と謝罪していた。
カマキリはアライグマを座布団に座らせ、早速ビールとスルメを勧めている。アライグマも断ることなくグイッと飲み干してしまった。
アライグマは僕と最後に会った西崎からドクターコトーのロケ地に向かう途中、彼の原付がパンクしたそうです。近くの集落まで相当な距離を、たった1人でバイクを押して歩いたが、生憎そこにはスタンドはなかった。
偶然通りかかった集落の方に事情を話し、隣の集落まで原付を運搬してもらい幸運にも修理に成功。運搬して頂いた方と仲良くなり、夕食をご馳走になって今に至っているのだと言う。当然、熊男には連絡済みのようだ。
ところがカマキリは合点が行かないらしい。
要約するとこうだ。どうして俺らに連絡しなかったのかを問うている。アライグマは何度も頭を下げて詫びている。
アライグマは何の汚点も無い。熊男には既に事情を説明済み。むしろ、ボロい原付を充てがわれた被害者なのかもしれない。カマキリもまた、そう言った意味ではボロい軽自動車を充てがわれた被害者だ。
いつの間にかアルコールの量も増し、被害者同盟の会になっている。泥酔動物のラブワゴン。気がついたら5人とも自室へ戻らず朝になっていた。
僕の横にはカマキリが寝ている。長テーブルの先にはアライグマが。その横には女子組が寝落ちしている。時刻は朝の5時10分。
どうやらここ琉球には天の川はないようだ。
もしもあったとしても、ずっと高い場所からちっぽけな動物園を覗き込んでニヤついていたのかも知れないな。
僕はここで何しているのだろう。
最後まで読み進めて頂きありがとうございました。🍀
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