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【短編小説】あとがきの後の書きもの。
〜
ふと、目を上げる。
そこに彼女が、いた。
ずっとずっと会いたかった、菜利が。
もう一度だけ。そう願い続けた、その人が。
あの時、五年前と変わらない、大きな瞳。きれいに通った鼻筋。触れたらすぐに壊れてしまいそうな、弱々しいくらいに白い肌。
心の奥深くで、忘れないように、でも思い出さないようにしていた数え切れない毎日の断片の一つ一つが、涙の一粒一粒に形を変えて僕から溢れ出す。初めて彼女の隣で目覚めた日のベッドの手触りや、愛の残り香のような胸の感覚。僕の妄言が彼女を深く傷つけた、夜一時の歩道橋。
記憶の中にいる彼女と、今僕の眼の前にいる彼女は少しも変わらず、いや、少しだけ前より大人びた笑顔で、あの時と同じように泣きじゃくる僕に笑いかける。また、
この桜の木の下で。
あとがき。
こんにちは、みざです。
今回は切なくてあったかい恋の話をどうしても書きたくなりました。中々登場人物たちの心情を捉えるのに苦労しましたが、最終的には満足のいく終わり方ができたかなと思っています。
この小説が少しでも多くの方に届いてくれたら嬉しいです。
もし僕たちのことが小説だったとしたら、きっとあの時、桜の下で再会した日が最後のシーンだろう。
でも、そうじゃない。
自分でも、甘酸っぱくて切ない青春の思い出だったとは思う。あの頃は、本当にそうだった。
けたたましいアラームが響き、その振動が布団を介して脳に伝わる。不快。
目を閉じたまま手探りでスイッチを押すと、六畳の部屋は打って変わって朝の冷気を含んだ静寂に包み込まれた。目を開いていなくても、怖いくらいに真っ白な天井や、洗い物が乱雑に放置されているシンク、四隅の床に溜まった埃が静かに僕を見つめているのが分かる。水に絵の具を落としたみたいに、僕のため息が部屋に充満した淋しい空気に同化していった。
なんでもかんでも都合の良いところで切り取る。
総武線の満員電車に押し潰されながら、そんな事を思った。電車の駅は、人が集まりやすい場所に造られる。一本の線路をたくさんの駅が切り取って人の往来を決定している。物語もそう。ある短い期間だけを、それも作者が都合のいいように切り取って作り、客が美しがったり面白がったりする。
あの時。桜の木の下で再会した僕たちは、もう一度付き合った。今度こそ、って。絶対に彼女を離したりしない、って。
こんなに心を裂いて、願い続けて、また出会えたんだ。もう絶対に僕たちは大丈夫だと、変な自信があった。
今思えば、それはまだ物語の中に浸っていた僕の勘違いにすぎなかった。
その二年後、僕たちは別れた。書くに及ばないような、なんてことない理由で。それくらい、この世にごまんとありふれた別れ方だった。
そう。これは物語じゃない。僕の人生だ。誰か、作者が僕から出る言葉を都合のいいように作った訳じゃないし、僕の出会いや別れを意図的に作っている訳じゃない。面白がられたり美しがられたりすることばかりじゃない。
というかそんなことの方が少ない。
車内には僕を含めたサラリーマン達の全てを削ぎ落とされたような顔が無数にあるだけで、それが僕をさらに現実感の中へと落としていく。
ふと、目を上げる。
車窓の向こうに見える駅のホーム。
そこに彼女は、いない。
ほんとうのあとがき。
こんにちはこんばんは、みざです。
今回の話はどう解説すれば良いのか自分でもよく分かっていないところがあります。ただ日々自分が小説を読んだり書いたりしている中で、都合よく、というか作品上美しく切り取られた人生だけを見ているなという感覚がずっとあって、今回は逆に中途半端なところを書いてみたいなと思い書きました。
しかしこの物語自体も切り取ったものでしかないので、このあと主人公に何が起こるのかは誰にも分かりません。もしかしたらまた運命的な出来事が起こる可能性だってあるわけです。そういう意味では小説が映せる、また語れる人生には限りがあるな、と再認識させられた体験でした。
個人的には結構満足してます。書こうと思っていたことが素直に書けたかな、という感じ。
実はこの文量のくせに一週間かけて書いたんです笑
そういう意味でも思い入れは割とある作品になったかもしれません。楽しんでいただけたら、幸せだなぁ〜。
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それではみなさん、良い一日、良い夜を〜。