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短歌:現実逃避

その声もその視線も受け留めきれず素数を数え気を紛らわす/銀猫
そのこえもそのしせんもうけとめきれずそすうをかぞえきをまぎらわす

 失恋のエッセイを書きましたが、わたしの過去の失恋の原因は、往々にして自分にありました。好きな人ができても、一途にならない(なれない)からです。あれ、過去形にした方がいいのかな。いま、パートナーに対して一途だろうか、わたし… まあいいや。

 大きな感情に支配されて、自分が自分でなくなるような、おおよそ自分がしないような感情や行為に及ぶような、そういうことが嫌なのですよね。自分は常に自分でいたい、という感情が強いのだと思います。

 これは「好き」という感情に限らず、「悲しむ」の場合も同様です。つまるところが、感情の振れ幅の問題はここにもあるってことで。
 この先の人生も、自分のこの感情の特性とうまくつきあっていかねば。

 なぜ素数が登場するのかと言えば、わたしは理数には弱いのに素数が好きだからです。
 世の中には「素数フェチ」なるフェチが存在します。たぶん、その末席を汚す程度に素数が好きです。なんでだろ。自分でも不思議です。素数は永遠に数えていられる。

 ぼーっとしたいときにただぼーっとしようとしても、アタマは余計なあれこれを考えてしまうので、そんなときに素数カウントをします。素数はイイよ。
 こうやって、世の中の理不尽さ(あくまでも自分軸の)に対して、素数で対抗しています。

 今日の短歌は、相手から思われているその思いを受け取りきれない感情に加えて、思っている相手への自分の強い感情を自分で受け留めきれない状況、その双方を描写しているつもりです。特定の付き合っているふたりを描いている訳ではなく(そう解釈してもかまいませんが)、両思いでも、片思いでも、両片思いでも。持つにしろ受けるにしろ「強い思い」「強い感情」を制御できないときの躱し方、でしょうか。

 でもほんとうは、素数カウントなどよりももっとよい方法があれば、いーんですけれどね。

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北乃銀猫
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