【論文要約】24時間中のいつに精油が生成されるのか?を各テルペン合成酵素の活性から知る研究【ラベンダー精油とゲノム】
■論文紹介
タイトルは「Gene Expression of Monoterpene Synthases Is Affected Rhythmically during the Day in Lavandula angustifolia Flowers」。
日本語訳すると「コモンラベンダーの花では、モノテルペン合成酵素の遺伝子発現が日中にリズミカルに影響を受ける」というタイトルの論文になります。
本研究を行なった研究チームが属する大学はギリシアのテサロニキ市にあるアリストテレス大学のようです。
▶︎以前(2010年7月)の研究。
同じ研究者が同地域でラベンダーの生産量をテーマに扱った、いわゆる前身的な研究論文が存在しています。(以下URL)
本記事で紹介している論文の前身研究ともいえる上記論文(2010年7月公開)は内容をざっくり簡単に説明するとラベンダー精油は24時間中いつにもっとも花穂に蓄えられるか?を調べた論文となっています。
同様に似た精油生産の日中動態を追った研究がトルコ・ウシャク大学にも存在しています。
今回2023年8月30 日公開の本論文では、以前の抽出成分のみから精油生成動態を調べるだけでなく、ゲノム構造に切り込んでのよりディープな調査となっています。
■内容の要約
▶︎本研究の主旨。
論文の序述に書かれている内容ですが、
以前の研究でラベンダーの花穂における精油生産量は日中・時間ごとに変動していることが判明しましたが、今回ではそれら精油の生産源である各種テルペン合成酵素の活動(活性)が合成酵素生産遺伝子の発現量(酵素の生産)と結びついているか?をPCR法で調べる!という内容になっています。
ちょっと難しいのですが、時限的に酵素が活発に精油を生産しているかどうかを直接的に観察する方法ではなく、コロナウイルスの株判定などで盛んな調査方法であったPCR抽出検査を利用して、そもそもの精油生産の根幹である各香り分子合成酵素の生産が盛んかどうかを調べたワケです。
▶︎現在判明しているリナロール、リモネン合成酵素遺伝子、複数テルペン合成酵素遺伝子。
本研究では、芳香分子であるリナロールの合成を行う酵素リナロールシンターゼ(LaLINS)とリモネンの合成を行うリモネンシンターゼ(LaLIMS)と、詳細が不明で多数のテルペン類の合成を行うテルペンシンターゼ(LaTPS-1)の3つを実験の比較対象としているようです。
一言エフゲニーマエダによる感想を添えるのですが、、、
ラベンダーの精油生産に関わるゲノム領域を特定しようとした代表的な研究例は日本(名城大学)、中国などの論文が有名なのですが、ゲノム領域と精油成分の生産結果の関連はそう単純ではないようで、かなり難航しているようです。
ようするに、精油中の香り分子(リナロール、酢酸リナリルなど)はほとんどが特定されていますが、それらを作る酵素の生産遺伝子はほとんど発見されていない(場所が不明)のが2023年においての現状なのです。
ラベンダー精油における重要香気物質である酢酸リナリルの合成遺伝子を中国は集中的に探索しているようです。
▶︎時間別に酵素が生産される遺伝子の発現量を調べた。
上記の文中表2.ではリナロール合成酵素、リモネン合成酵素、他複数テルペン合成酵素の遺伝子コードが記載されている。
遺伝子発現量の相対値を得るために、さらに別な遺伝子と比較する必要があるためLaEF1-alphaというコードも比較使用・記載されている。
LaEF1-a遺伝子に比べて各芳香分子合成酵素の遺伝子コード(解析機械上でこのように表現される)の転写(mRNA)が盛んであった時刻が論文中の2. Results and Discussionの1.にて示されています。
どうやらそれぞれ芳香分子合成酵素の生産≒酵素合成遺伝子の発現量(転写物の蓄積と表記)はそれぞれ15:00にピークが来ることが示され、LaTPS-1の発現量は12:00にピークが来ているようです。
▶︎各合成酵素の遺伝子発現ピークが午後にズレ込むワケ。
おそらく、午前中の日照開始ともに光合成で得られたATPを使い、合成酵素のDNAが転写を開始し、転写物である各酵素が生産されるまでに時差が生じるので、日が昇ってからしばらく経った15:00時点に発現ピークが生じていると考えられます。
酵素の生産ピークが15時以降となるので、最終的に精油が貯蓄されている線毛組織に精油が供出・蓄積されるのは夕方含む夜間〜早朝となるワケです。
よって、ラベンダーの花穂が蓄える精油の抽出量最大(特定成分の選択を除く)を達成するには、早朝を狙いば良い!となるワケです。
■本論文の落とし穴
高確率で使用材料がLavandula angustifoliaではない指摘。
極めてラバンジン(Lavandula x intermedia)に近い穂状花序をした図が登場。
ギリシアの農業会社Etherio社が独自に作出したラベンダーのようなのであるが、外見上はラバンジンのそれの姿なのです。
そして精油組成にも注目すると、、、
ラベンダー精油における不快成分とされるカンファーおよびボルネオールの数値が双方合わせて6.2%ほどになります。
これはハイブリッド品種であるラバンジンラベンダーのグロッソ(L.x intermedi 'Grosso')よりは低い数値ではあるものの、同じくハイブリッド品種で低樟脳といわれるシュペール(L.x intermedia 'Super')と似た数値であることが言えるのです。
つまるところ、純粋なコモンラベンダー(Lavandula angustifolia)の花穂から得られる精油には、虫を忌避する上記成分はほぼ含まないか、含んでいても0.5%以下となるのが普通であるので、本論文の実験に使用されたラベンダーはLavandula x intermediaであるのを手違いでLavandula angustifoliaと表記した可能性が高いことが指摘されます。
〜関連論文〜
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0926669010000518
ギリシャで作出され、本論文に使用されている品種Etherioについての論文。
品種Etherioは、ギリシャ国内のアトス半島(文中ではホーリーマウンテン半島と表記)の標高330m~710mまでの範囲に生育するLavandula angustifolia(ギリシャ国内自生種)の10個体群からそれぞれ30サンプリングし、精油成分成績の良かったもの2株を交配させて得た種子を6年かけて選抜し新品種Etherioを作出したようです。
南フランスやイタリア・アペニン山脈から離れたギリシャ国内(アトス半島)にLavandula angustifoliaと思しきラベンダー属植物の自生があったことが何より驚きである…。
生育標高から察するに、ハイレートなLinalool/Linalyl acetateを産出する南仏産ラベンダーとは遺伝組成が大きく異なるLavanudula angustifolia subsp.である可能性が高い。故にHigh Camphor lateであることも推察できる。