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「歌集 滑走路」 萩原慎一郎
「癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ」
「歌集 滑走路」 萩原慎一郎
萩原慎一郎さんの繊細さ故の力強さが歌に込められた歌集「滑走路」
自由な空よ 自由ではないこの街でぼくはあなたを探しているよ
萩原さんは32歳の若さで自ら命を絶ったといいます。
純粋で精一杯歯を食いしばって頑張っている人ほど、理不尽な世の中になってきているのではないか? そんなやりきれない思いを持ってしまいました。
弱者や抑圧される者は、この先浮上できるのだろうか?
きみのため用意されたる滑走路きみは翼を手にすればいい
この街で今日もやりきれぬ感情を抱いているのはぼくだけじゃない
箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる
無意識のままに歩いて気がつけばいつものように会社の前に
非正規という受け入れがたき現状を受け入れながら生きているのだ
いじめ、非正規、恋愛、辛い苦しい体験があったからこそ生まれた私たちに寄り添う言葉。
不安、葛藤、閉塞、鬱屈、苦難を糧にして、私たちの背中をそっと押してくれる言葉がこの歌集にはたくさんありました。
癒えることなきその傷が癒えるまで癒えるその日を信じて生きよ
クロールのように未来へ手を伸ばせ闇が僕らを追い越す前に
屈辱の雨に打たれてびしょ濡れになったシャツなら脱ぎ捨ててゆけ
叩け、叩け、吾がキーボード。放り出せ、悲しみ全部。放り出せ、歌。
なんとストレートで繊細かつあったかいのだろう!
そして
恋の歌は甘くて切なく、花の香のように胸にじわじわと広がります。
ラブソングばかり家にて聴いている恋をしているからかもしれぬ
遠くからみてもあなたとわかるのはあなたがあなたしかいないから
いつまでも少女のままのきみがいて秋の記憶はこの胸にあり
ぼんやりとしてしまう午後「素晴らしい!」きみを通して覗く世界は
あこがれのままで終わってしまいたくないあこがれのひとがいるのだ
こんなところに可憐な花が咲いていてぼくはあなたのことを想った
好きだ 好きだ 好きだ 好きだと伝えても届かない恋ばかりしてきた
萩原慎一郎さんの魂の震えから奏でられる歌、祈りを、どうか感じてみてください。
【出典】
「歌集 滑走路」 萩原慎一郎 角川文庫