【総評】第93回アカデミー賞
みなさんこんばんは。
本日は昨年行われた第93回アカデミー賞について書いていきます。
第93回アカデミー賞について
この回は相当特殊で、コロナの影響が大きく作用しました。
まずはやはりノミネート対象期間が、通例では前年の12月31日までに封切られた作品というのが3月まで延長されました。またデジタル配信でも公開と認めるというのもあり、かなり緩いルールとなりました。
そして会場もドルビーシアターだけでなく、ユニオンステーションなど複数箇所に分散させました。
そしてノミネート作品はやはり地味で、大作が公開延期となった影響で配信会社の作品も多く入ってきています。
さて、具体的な受賞結果に入っていきましょう。まず監督賞は『ノマドランド』のクロエ・ジャオが受賞しました。これは女性としては『ハート・ロッカー』キャサリン・ビグロー以来2人目、アジア人女性としては初になります。アジア人としても『ブロークバック・マウンテン』『ライフ・オブ・パイ』アン・リー以来2人目です。候補に目を向けると、作品賞には入っていない『アナザーラウンド』トマス・ヴィンターベアが候補入りしているのが珍しいですね。この中でスター監督と言えるのは『Mank/マンク』デヴィッド・フィンチャーくらいなもので、他は新人、またはまだ知名度がない監督ばかりです。
主演男優賞は『マ・レイニーのブラックボトム』のチャドウィック・ボーズマンが有力視されながら『ファーザー』アンソニー・ホプキンスが番狂わせで受賞、最高齢での受賞となりました。
主演女優賞は『ノマドランド』フランシス・マクドーマンドが3度目の主演女優賞に輝きました。かなりの激戦で、GGは『ザ・ユナイテッド・ステイツ vs ビリー・ホリデイ』アンドラ・デイ、SAGは『マ・レイニーのブラックボトム』ヴィオラ・デイヴィス、BAFTAは『ノマドランド』フランシス・マクドーマンド、CCは『プロミシング・ヤング・ウーマン』キャリー・マリガンが受賞と主要賞の結果が全て割れるという予想のつかない展開でした。3度目の主演女優賞は史上2番目の記録で、4度受賞しているキャサリン・ヘプバーンに次ぐものです。本当はキャリー・マリガンに獲ってほしかったな…
国際長編映画賞は、デンマークの『アナザーラウンド』が前哨戦も全て受賞し、そのままオスカーまでこぎ着けました。ただその他の候補は少し変則的で、前哨戦ではフランスの『ふたつの部屋、ふたりの暮らし』とグアテマラの『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』が快走していたのに落選。前哨戦ではほとんど顔を出さなかった香港の『少年の君』とチュニジアの『皮膚を売った男』が入りました。『ラ・ヨローナ~彷徨う女~』は東京国際映画祭のコンペの作品で、とても気に入って一般公開されたときももう一度観に行ったくらい好きだったので残念でした。
10作品の選定
まずは作品賞ノミネートされた8作品は↓
『ノマドランド』
『ファーザー』
『Mank /マンク』
『プロミシング・ヤング・ウーマン』
『シカゴ7裁判』
『ミナリ』
『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』
作品賞には入りませんでしたが監督賞に入ったのは
『アナザーラウンド』
あと1作品は、作品賞ノミネートされていないものでノミネート数で並べると
5ノミネート 『マ・レイニーのブラックボトム』
4ノミネート 『この茫漠たる荒野で』
3ノミネート 『あの夜、マイアミで』『ソウルフル・ワールド』
なので最多の『マ・レイニーのブラックボトム』とします。
ということで今回対象とする10作品は
『ノマドランド』
『ファーザー』
『Mank /マンク』
『プロミシング・ヤング・ウーマン』
『シカゴ7裁判』
『ミナリ』
『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』
『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』
『アナザーラウンド』
『マ・レイニーのブラックボトム』
とします。
個人的ランキング
10位 『マ・レイニーのブラックボトム』
5ノミネート・2受賞
受賞 : 衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞
ノミネート : 主演男優賞(チャドウィック・ボーズマン)、主演女優賞(ヴィオラ・デイヴィス)、美術賞
本作はNetflixオリジナル作品で、監督は舞台出身でトニー賞も受賞している才人です。チャドウィック・ボーズマン、ヴィオラ・デイヴィスを始め演技巧者たちのアンサンブル的な要素が強い作品ですね。
演技について文句はないですし、衣装や美術も素晴らしいです。ただ、あまりにも舞台っぽすぎるんですよね。元が舞台なので仕方ないんですが、これなら舞台観た方がいいなというのが最後まで拭えませんでした。
チャドウィック・ボーズマンも渾身の演技と言われていますが、少しあざといというかわざとらしく感じました。
9位 『ミナリ』
6ノミネート・1受賞
受賞 : 助演女優賞(ユン・ヨジョン)
ノミネート : 作品賞、監督賞、主演男優賞(スティーヴン・ユァン)、脚本賞、作曲賞
前年の『パラサイト』に引き続き韓国映画(ただし本作の製作はアメリカ)で、一家の祖母を演じたユン・ヨジョンはアジア人女性として2人目の助演女優賞を受賞しました。ちなみに1人目は『サヨナラ』のナンシー梅木ですね。
純粋な家族映画といった感じで、評価を受けるのも分かるなとは思うのですが、個人的にはあまり刺さりませんでした。
ユン・ヨジョンの口の悪いおばあちゃんには笑いましたが、全体に印象が薄く、たぶん他の年だったらインディペンデント・スピリット賞で終わるタイプなんじゃないかなと思いました。『パラサイト』のインパクトが強すぎたというのもあると思いますが。
8位 『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』
6ノミネート・2受賞
受賞 : 助演男優賞(ダニエル・カルーヤ)、歌曲賞(「Fight For You」)
ノミネート : 作品賞、助演男優賞(ラキース・スタンフィールド)、脚本賞、撮影賞
日本では劇場公開すらされず、DVDスルーになった本作、それも分かるなという感じでした。この作品はそもそも2021年初頭に公開・配信された作品なので、最もコロナルールの恩恵を受けた作品と言えるでしょう。
ブラックパンサーの議長を演じたダニエル・カルーヤは素晴らしいですし、サプライズ候補入りしたラキース・スタンフィールドもいいのですが、なんとなくキレイに纏まりすぎている印象です。
『それでも夜は明ける』や『グローリー 明日への行進』といった黒人映画に比べるとインパクトに欠けるという感想でした。
7位 『アナザーラウンド』
2ノミネート、1受賞
受賞 : 国際長編映画賞
ノミネート : 監督賞
デンマークの巨匠トマス・ヴィンターベアがマッツ・ミケルセンを主演に撮った作品で、タイトルは「もう一杯!」という意味ですね。面白かったですし、マッツは主演男優賞に入ってもよかったんじゃなかという好演をみせています。
「常にアルコールをある程度飲んでいると体調が良くなる」という説の実践として興味深く、人生とは何か、生きがいとは何かといったことまでみせてくれる作品でした。
撮影も素晴らしいですし、マッツだけでなく脇の演技もいいのですが、もう一歩何か欲しかったなと思います。いい映画なんですが、ヴィンターベアとあんまり相性がよくないのでしょうか。
6位 『ファーザー』
6ノミネート・2受賞
受賞 : 主演男優賞(アンソニー・ホプキンス)、脚色賞
ノミネート : 作品賞、助演女優賞(オリヴィア・コールマン)、美術賞、編集賞
イギリス演劇界の貴公子、フローリアン・ゼレールが自身の戯曲を映画化した作品です。これには本当に驚かされました。
まず特筆すべきはフローリアン・ゼレールの演出力の巧みさでしょう。同じ舞台の映画化である『マ・レイニーのブラックボトム』と異なり、本作は映画の特質をちゃんと理解した上で映画ならではの演出をしています。それが両者の決定的な違いでしょう。後半明かされるトリッキーな仕掛けには唖然、絶望的な気分になります。
そしてアンソニー・ホプキンスの巧いという次元ではない素晴らしい演技、もちろん助演のオリヴィア・コールマンも素晴らしいですが、アンソニー・ホプキンスが素晴らしい。主演男優賞も納得です。
ゼレールは今年これまた自身の戯曲の映画化『The Son』を発表するということで今から楽しみです。
5位 『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』
6ノミネート・2受賞
受賞 : 音響賞、編集賞
ノミネート : 作品賞、主演男優賞(リズ・アーメド)、助演男優賞(ポール・レイシー)、脚本賞
こちらはアマゾンプライムの配信作品、突然耳が聞こえなくなった主人公を見事に演じたリズ・アーメドが素晴らしいですね。
とても音響に気を使った映画で、配信でしか観られないのはもったいないと思っていましたが、日本では改めて劇場公開されましたね。
主人公はどうにか音が聞こえるようになりたいと思うのですが、最後にはこの上なく雄弁な静寂が包み込みます。音がなくてもこの世界は美しい、そんなメッセージが込められた素晴らしい作品でした。
4位 『Mank /マンク』
10ノミネート・2受賞
受賞 : 撮影賞、美術賞
ノミネート : 作品賞、監督賞、主演男優賞(ゲイリー・オールドマン)、助演女優賞(アマンダ・サイフリッド)、衣装デザイン賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、作曲賞、音響賞
こちらもNetflixオリジナル作品、当初は作品賞大本命と言われていました。ただしやはりこれは『市民ケーン』という映画を観ていること、更にはその背景も理解していることが大前提の映画なので、批評家には受けても一般の観客には難しいでしょうね。
ただやはりそこはデヴィッド・フィンチャー、巧みな演出でマンクという人物を紐解きます。『マンマ・ミーア!』からあまり役に恵まれなかったアマンダ・サイフリッドは本作で演技派として開眼しただけでなく、圧倒的な華をみせつけます。本当は彼女に助演女優賞とってほしかった。
美術や衣装、撮影も本当に素晴らしく、今映画化した意味がある映画だと思います。デヴィッド・フィンチャー恐るべし。
3位 『ノマドランド』
6ノミネート・3受賞
受賞 : 作品賞、監督賞、主演女優賞(フランシス・マクドーマンド)
ノミネート : 脚色賞、撮影賞、編集賞
作品賞を受賞した本作、私は東京国際映画祭で一足早く観たのですが、思っていたよりもずっと静謐で、スクリーンに映える映像が見ものの作品でした。これもたぶん他の年だったら本命ではなく大穴になるタイプの作品だと思います。でも受賞に値する作品かと言われると間違いなくそうでしょうね。
ドキュメンタリー風という風に言われているとおり、主演のフランシス・マクドーマンドと途中恋仲になるデヴィッド・ストラザーン以外は全て素人の「ノマド(放浪者)」を使って撮られています。そこに溶け込むフランシス・マクドーマンドの佇まいが素晴らしいですね。
放浪しながらなんとか暮らす高齢労働者という社会問題を描きつつ、圧倒的なスケールの美しい撮影でそれを語る手腕たるや凄まじいですね。
2位 『シカゴ7裁判』
6ノミネート・0受賞
受賞 : なし
ノミネート : 作品賞、脚本賞、助演男優賞(サシャ・バロン・コーエン)、撮影賞、歌曲賞(「Hear My Voice」)、編集賞
こちらもNetflixオリジナル作品、この年は本当に強かった!エディ・レッドメイン、サシャ・バロン・コーエン、マーク・ライランス、マイケル・キートンといった豪華キャストのアンサンブルは素晴らしいですね。実際SAGのキャスト賞を受賞しています。
個人的にはアーロン・ソーキンのベストワークではないかと思っています。アーロン・ソーキンは脚本はいいのですが演出が少し間延びしているところがこれまでの作品にはみられたのですが、本作ではそこが改善されテンポが格段に良くなっています。
見せ場の連続する脚本が上手く、この回一番の派手な作品なのではと思います。もちろん言論の自由といった権利を描く社会派映画としてとても上手いし、演者たちの魅力も炸裂していて非常に面白い作品でした。
1位 『プロミシング・ヤング・ウーマン』
5ノミネート・1受賞
受賞 : 脚本賞
ノミネート : 作品賞、監督賞、主演女優賞(キャリー・マリガン)、編集賞
これは当初はもっと早い公開予定だったのがオスカーシーズンに延期されたことで逆にBUZZが盛り上がったという珍しいパターンです。通常こうした復讐ものはオスカー受けが悪いものですが、それを吹き飛ばし『ノマドランド』以外では唯一作品賞、監督賞、脚本賞(脚色賞)、編集賞といった主要部門を満たす候補となりました。
本作はこの年ベストに選んだんですが、それほど凄い映画だと思っています。これが監督デビューとは思えないエメラルド・フェネルの演出手腕には驚かされます。演出が上手いだけでなく独自の作家性を既に確立していますよね。ポップな外面に包まれた劇物という言葉通り色彩豊かな撮影、衣装ながら中身はドスンと重い。そのバランスが素晴らしい。
キャリー・マリガンは一世一代の名演で、これで主演女優賞とれなかったらあと何やればいいの?っていうほど。たぶんこの映画のことは一生忘れることが出来ないでしょう。
ということで今回は第93回アカデミー賞の総評をしてみました。今年のアカデミー賞の総評も『リコリス・ピザ』を観ればできるので近いうちにしたいと思っています。
読んでいただきありがとうございました!
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