「HSP」をどんな言葉で説明すべきか悩む
これまで僕はHSP(Highly Sensitive Person)のことを、よく「過度に敏感な人たち」と説明していました。ところが「過度」という言葉が悪いように言われている気がする、というご指摘をある日いただきました。
言われてから、手元にある数多のHSPやHSC(Highly Sensitive Child)の本をぱらぱらっと確認したのですが、確かに「過度に敏感な人たち」という表現は見当たりませんでした。なんかの本でこう書かれてたような気がしたのだけど、それは気のせいだったようです。
言葉って難しいなあと思いました。職業柄、そしてライフワークとして、不登校やHSPの情報を発信するためにこうして文章を書くことも多いのですが、言葉の使い方や表現に関して叱られることが実はしょっちゅうあります。もちろん僕のボキャブラリーの稚拙さというのが一番なのですが、指摘されると自分が本当に感じている、思っていることを文字化することで他者に迷惑をかけている・・・とよく凹んでしまいます。
ところで、HSPを「過度に敏感」という言葉で説明していた真意なのですが、ほかの本でよく表現されている「とても敏感な人」や本のタイトルにもある「ひといちばい敏感」といった表現では、僕やほかのHSPさんの敏感さがあんまり伝わらないような気がしてならないからです。
HSPのスコアを測っても中程度くらいしか出ない僕ですが、たとえば「他人の気分に左右される」「騒音に悩まされる」といったところは明らかに人よりも敏感ぐあいがすさまじいことを自覚しています。風船を数個と、それを割ろうとする人物がいれば恐れ慄く僕の姿を見て敏感ぐあいを伝えられることもできるのですが(絶対にYouTubeで流されたくないけど)、文章の世界でこれを伝えるにはどうすればいいのか。
HSPに関する本には「敏感すぎる(て)」という5文字が用いられているものが非常に多いですが、この「敏感すぎる」という言葉に引っかかるHSPさんもいらっしゃいました。なんなら今日届いた本のタイトルには「生きづらいHSPのための」という文言が含まれています。とても繊細ゆえに「生きづらい」という5文字に引っかかるHSPの人もいるんじゃないか、と推測しています。
自分の敏感さを、平易かつ誰も傷つけない言葉でどう表現すべきか。
たぶんそれは無理なんだろうと思います。そんな言葉があればすでに使われているはずです。「ひといちばい敏感」とか「敏感すぎる」とか「とても敏感」とか、HSPの本を複数読んでもこんなにも表現の幅があるわけです。たぶん、どの表現でも「悪い言われ方をしている」と感じるHSPさんはいると思います。
本で多く用いられている表現を使いながら、自分の敏感さ、繊細さを表現できる違う方法を探す旅に出ることになりそうです。これは長い旅になりそうな予感。もしなんか良い表現があれば、コメントなりTwitterのリプライなりでこっそり教えてくだされば嬉しいです。