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設計者は「図面に描いてありますから」と言ってはいけない。

先日、知人の紹介でとある会社経営者にお会いし、その方が今手がけている施設の開発における悩みを聞くことがあった。

工事が進む段階で色々と設計に関して疑問に思うところがあり、担当の設計者に投げかけて変更等のお願いをしたところ、「契約時の図面にそれら描いてありますから、変更はできません」と突っぱねられた、といったお話しだった。


この話を聞いて僕は、非常に申し訳ない気持ちになった。

自分が担当しているわけではないのだけど、目の前にいる人の悩みの原因が同業者であるというだけで、やるせない気持ちになったのだ。
揉め事を起こさずに完了できなかったプロジェクトは、関係者全員に悔いが残る。

事業主側だけの主張を聞いており、なおかつ初対面の方なので性格や仕事の進め方の実際は分からなかったので、全面的に設計者側が悪いのだ、とは言い切れない。

設計者側の話を聞いたとしたら、おそらく事業主同様に疑問に思うところや不満があったりするのだろう。

仮にそうだとしても「図面に描いてありますから」とは言ってはならない。

少なくとも僕は言わない。
言わないようにしている。

なぜなら、「図面に描いてありますから」という言葉が発せられる状況の裏側には「伝え、確認することの繰り返し」という、本質的な「仕事」の能力不足があり、それを自ら認めていることになるからだ。


図面に描いてあることを全て施主に説明するのは不可能だ。
いや、「やれないことはないけれど、やるべきではない」が正しい。

料理店で食事をする時、客(=施主)は料理人(=設計者)に、料理に使われているすべての材料とその数量、調理の手順や方法について、すべて開示するよう求めるだろうか?

おそらくそんな人はいない。
シェフがよほど時間を持て余していて、かつ親切であれば教えてくれるだろうが、非常に労力がかかる。

仮に客が情報開示を求めたとしたら、その人はなんでそんなことを聞いたのかと後悔するだろう。

お腹が空いてお店に入ったのに、メニュー一つ決めるのに小一時間かかり、すべての注文を決める頃には次の食事の時間になっているからだ。

設計は料理に比べると使う材料や工程などは何倍も多く、詳細に全てを伝えようとすると、それこを何日も、下手をしたら何ヶ月もかかるかもしれない。

このように「設計内容全ての開示」をプロジェクトに持ち込んでしまうと、全体のスケジュールが現実的ではないものになる。

やれないことはないけれど、やるべきではない。
と言った理由はこういうところにある。


ほら、やはり設計者は図面に描いた内容を施主に説明しなくていいんじゃないか。という結論に至ってしまいそうだが、そうではない。

料理店では次に挙げるようなシーンを見かけるでしょう。

:はい、お電話ありがとうございます。◯◯料理店です。
:◯月◯日の19時に2名で予約をお願いしたいのですが。
:お席のご用意可能です。メニューはお決まりですか?
:1.5万円のシェフのおまかせコースでお願いします。
:かしこまりました。お客様とお連れ様にアレルギーはございませんか?また苦手な食材がありましたらお聞かせください。」
:あ、そうですね・・・・・・

このように、店側は客の体質や好みを確認した上で、最上の一皿を提供しようと考える。

設計者に求められる態度はこれと同じだと思う。
設計者が持っている技術と客の想いや思考が交わってはじめて場ができあがるのだから。

設計者が提供するものの性質は、客の期待値と寸分違わない商品を提供するチェーン店のそれではない。

どんな美味しさ、驚きを提供してくれるのだろう?と期待と不安が渾然一体となった心境のお客がくるお店のものと同じである。

そう考えたら、自然と客とのコミュニケーションを大事にするのではと思うのだけど、そう簡単ではないのだろうか。

「あの客は味も(デザインも)何もわかっていないから、俺が最上だと思ったものを黙って食べれば(建てれば)良いんだ。」という傲慢な意識は、新しいものを生みだす可能性を排除し、客もその周りの関わる人にも嫌な思いをさせる。

そうならないように、自分の持っている技術を明快にし、それを欲しがってくれる人と出会い、その人の奥底に眠っている個性を顕在化させる努力をすることが、プロジェクトを成功に導くための設計者の姿勢だと思う。


だから「それは図面に描いてありますから」とは言ってはいけない。

客との関係性構築を拒否し、利用規約のここにちゃんと書いてありますけど?まさか読んでないんですか?と能面の奥で客を蔑んでいる携帯電話ショップの店員のように、専門知識で埋め尽くされた設計図の読み解きを素人に強要する人と、苦楽を共にしたい人など一人もいないはずだから。



なお、世の中には客がデザインに口出ししようなどとは微塵も思わないような、強烈な個性と才能を持った設計者がいる。

何時間並んででも一度は食べてみたいお店に行く、そんな感覚を持った客との仕事の流儀については、これまで述べてきた話は当てはまらない。

乱暴に言ってしまえば、提供する人と欲しがっている人、お互いの意思疎通に齟齬がなければどんな形でも良い。

お互いを深く知るように努めれば良いだけ、という非常にシンプルな結論なんですが、これが難しかったりするので、人間って面白いですね。

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