嘘と誇張とクリエイティブ
最近は仕事に忙殺されて遊びが減り、吸収するものが少ない時期を過ごしています。
考えることが、これまでの経験から出てくる「すべらなさそうなこと」を頼りにしてしまっている。いわゆる「置きに行く」というやつです。
創造力が停滞してしまっている。
こんな状況になったなと自認した時に必ず観る映画があります。
それは、ティム・バートン監督の「ビッグフィッシュ」です。
この映画を観たきっかけは、学生の時に音楽やファッションの面で多大な影響を受けた「トレインスポッティング」の主演、ユアン・マクレガーが出演していたからでした。
初めてのティム・バートン映画
この映画以前に、ティム・バートンはバットマンやシザーハンズ、 ナイトメアー・ビフォア・クリスマスといった名作を制作していたのですが、当時は興味のスコープに入っていなかったようで、一つも観たことはありませんでした。
数々の名作があるのに、観たことがなかった。
先に述べたとおり、この作品は俳優贔屓から興味を持ってTSUTAYAで手に取ったのですが、これがティム・バートン映画との初めての出会いです。
映画通の人からすると、ティムバートンの入り口そこ?と言われるでしょう。
店から家に戻り早速鑑賞しました。
冒頭から10分ほど経ったところで眠くなり脱落しそうになりました。
トレインスポッティングとは全く違うジャンルの作品で、刺激がない。
しかし、レンタル料を無駄にする訳にはいかない。
下がってくるまぶたを物理的に押し上げつつ視聴を続けていくと、ティム・バートン独特の虚構世界の描き方に魅せられはじめ、やがて目が覚めてきました。
どこか違和感を感じさせる映像美。脳の視床下部を耳かきの後ろのフワフワで撫でられるような、不快と気持ち良さの狭間。
そんな感覚を味わえることが、この人の作品の醍醐味なんだと感じました。
ここから映画の内容に触れるので、↓のトレーラーで観てみたいな、と興味を持った方はここで引き返してください。
映画のあらすじ
この映画の主題は「父と息子の絆」であると公式サイトに説明がありました。父と息子の離れていた心の邂逅、とでも言えるでしょうか。
話のあらすじはこんな感じです。
主人公が小さい頃は、父親は自身が体験した不思議な出来事や壮大な冒険といった楽しいお話をしてくれる、尊敬する存在でした。
しかし、主人公が大きくなっても相変わらず同じ話をする父親。
その頃の主人公にはそれらの話はもはや嘘のホラ話であるとわかり、徐々に嫌気がさすようになってきます。
決定的だったのは、息子の結婚式の場でさえ、自身の冒険譚の披露に終始する父親の姿を見たこと。
この時を境に会うことがなくなります。
そして月日は流れ、次に父親に会うのは、母親から父親が倒れて余命いくばくも無いと告げられた後でした。
病床の縁で父親に会い、これまで自分が父親の何が嫌だったかを告げ、数々の話の真偽と、なぜそれを自分に話して聞かせたのかという真意を確かめていきます。
最後には、数々のホラ話の真実が明らかになり、父の人生と物語に深く理解を示し、自分に何を伝えたかったのかが分かる。
こんなストーリーになっています。
嘘と誇張とクリエイティブ
この映画には「裏主題」があります。
公式サイトでコピーになっていたのは「父と息子の絆」でしたが、劇中を通してティム・バートンが言いたかったことは、これとは別に饒舌に表現されていて、それが主人公の父親が放ったこの一言に現れています。
「多くの人は現実だけを語る。でもそれじゃ面白くない」
嘘をつくことは許されない。
だけど、事実をベースに誇張して、面白おかしく伝えることは悪いことではない。
むしろ、何でもない話を「盛って」聞かせて相手を楽しませることはクリエイティブで楽しい行為だろう?と投げかけられているように感じました。
普通の出来事は面白い。
自分の捉え方次第で世界は変えられる。
「誇る」ということをあまり表に出さない性質を持った日本人。
奥ゆかしさという美徳、それ自体は素晴らしいことだけど、もっと自分のしていることを誇っても良いのではないかと思います。
例えば、JAXAの職員さんが、子供に対して「いつか出会う宇宙人と仲良くするための仕事をしてるんだよ」と伝えたとき、目を輝かせて宇宙に興味を持ってくれることがあるかもしれません。
そこを「さまざまな計器を毎日同じ手順でチェックして、施設の安全性を確保しているんだよ」と伝えたらどうでしょうか。
もちろん大事な仕事をしていることは伝わります。
しかし、子供にとってはお父さんが何かすごいことをしていることはわかる、けれど、興味を持てるような感覚にはならないのではないでしょうか。
仕事に生きる全ての人が、自分を誇り世界を広げていく。
皆がそういう感覚になれたら、どんなに世界は彩り鮮やかで楽しい場所になるのだろうか。
僕はティム・バートン監督からそんなメッセージを受け取りました。
デザインの仕事は、はたから見ると華やかで創造にあふれたものに見えるかもしれません。
しかし、全体の8割くらいは非常に地道で地味な作業の連続です。
初めて会う人とのコミュニケーションも濃密になるため、トラブルも発生することも多々あります。
そんな時は「あぁ、面白いと思える作業だけやれたらなぁ。」とついつい考えてしまいますが、嫌なことを避けていては成果は得られないでしょう。
地道で地味な作業にも小さな面白さの種を見つけて、それを膨らませればきっと楽しいものに変えられるはず。
心がすり減った時にこの映画を観るのは、面白さの種に与えるための水や栄養をチャージできると感じているからです。
エンディング
死の淵にいる父親のそばで、主人公が劇中で何度も回想していた父親のホラ話の数々が、劇的に回収される場面は圧巻でした。
何度見ても泣ける。
クリエイティブ能力を必要とする職種に就いたから響いたということもあるかもしれませんが、思春期に差し掛かる時からずっと単身赴任をしていた父親との関係を思い返し、色々と感じたこともこの映画が好きになった理由です。
自分もこの映画に出てくる父親のように、息子に対してレールを敷くのではなく、創造力を養う種をそれとなく蒔いて、彼が自分を生かすことのできる環境を発見できる手助けができるようになりたいと思います。
「忙」という漢字が示す通り、心を亡くしそうになっているこの頃、久しぶりにDVDを手に取ろうと思い立って書いたnoteでした。
このあと、DVDデッキの横に埃を被って横たわっているディスクをトレーに吸い込ませて、心の充電をしたいと思います。
「ビッグフィッシュ」
観ていない人は是非。おすすめです。