『魔の山』のハードルが高いなら、短編・中編を読めばいいじゃない〜トーマス・マン 『だまされた女/すげかえられた首』
トーマス・マン(ドイツ文学)といえば『魔の山』など、難解で長編の作品が多い、しきいの高い作家という印象がつよい。
ノーベル文学賞を受賞しているとか「闘う文豪」(ナチスに抵抗)とよばれていたことなんかも合わせると、なおのこと。
でも、短編や中編も書いているから、いやぁ、トーマス・マンはちょっと、と躊躇してしまうなら、そのへんから読んでみるのが吉。
とくに『だまされた女/すげかえられた首』は、え?マンって、こんなテイストの小説も書いてたの?
と、いい意味でびっくり。
『だまされた女』はかなり読みやすい。
そして、このタイトルが "すこーん" と納得できるラスト数ページは、とても心地よい(ストーリー的には、あぁ無情、絶望なんだけど)。
あぁ、「だまされた」ってそういうことなのかと。
この作品をひとことで言い表すなら、ポンと浮かぶのは「落差(高低差)」。
謹厳実直、難解、観念的っていうイメージのトーマス・マンだけど、本作はひじょうに官能的(まっすぐストレートに「性的」な意味で)。
これ以上くわしく語るとネタバレにつながるので、これくらいで。
『すげかえられた首』はインドのヴェーダ(バラモン教、ヒンドゥー教の神々の神話)からヒントを得たもので、そのへんの知識がなくとも読めるけど、登場人物たちの感覚、それをあたりまえのものとして成立している物語世界(ヴェーダをあたりまえのものとして)はつかみにくいかもしれない。
そして『だまされた女』と比べると、なかなかに難しい。
とはいえ、これもどんでん返しというか「あ、そういうふうに運ぶのね」となるあたりからは物語に勢いがうまれて、難解ながらも楽しめるつくりになっている。
翻訳者の岸 美光氏いわく、この二作品と『ヴェネツィアに死す』をあわせて、トーマス・マンの「エロス三部作」だそうで(あくまでも同氏のなかで)。
であれば、せっかくなので、次『ヴェネツィアに死す』、いってみよう。