銘仙の由来とその流行
Ⅰ 古い着物がマーケットに出回る
約40年前(1980年頃)に起こったリサイクル銘仙ブーム、あの頃若い女性たちに買われた銘仙は今どうなっているのだろうと思ったりします。当時は日本全体が着物リフォームブームで、リサイクル着物を洋服に仕立て直す人がたくさんいました。
古い着物が骨董もしくはアンティークとしての価値を持ち出したのはちょうどこの頃です。それまで古い着物は古い箪笥の付属品扱いで、ごく特殊な布(名物裂など)以外は経済的価値が認められていませんでした。そこに目をつけたのが古物商の奥さんたちです。各地で着物の競り市ができ、流通が始まったのは大変興味深いことでした。アンティークとして着用する以外に、「着物リフォーム」という新しいマーケットができました。今でこそかなり下火になっていますが、当時はそれで生計を立てるプロの方がたくさんあったのです。おかげでそれまで箪笥に眠っていた銘仙も、大島紬や縮緬と一緒に文字通り光を浴びることになりました。
Ⅱ 銘仙はどんな着物なのか?
そもそも銘仙とはどんな着物なのでしょうか?派手なプリントの反物、くらいにしか思っていない人もいて、驚くことがあります。
銘仙とは、玉糸、紡績絹糸などの絹糸を素材にして織られた平織物の総称で、この名称は伊勢崎をはじめ、秩父、桐生、足利、八王子など関東地方の製品に使用されていました。
その中でも大産地となったのが伊勢崎です。伊勢崎銘仙は長い間、「太織」の名で呼ばれていましたが、1780年代(江戸天明期頃)経糸(たていと)の数が多い、筬目(おさめ)が千もありそうな緻密な織物を「目專」、「目千」とよび、これが「めいせん」になったと言われています。さらに「銘仙」の文字が使われるようになったのは、明治以降のことです。
明治末期、伊勢崎では、生産の大半は農家の賃機によるものでした。その後力織機が導入され一部は機械化されました。銘仙の種類も古くは縞物がほとんどでしたが、複雑な絣模様が考案され、伊勢崎銘仙の名は全国に広まりました。他の産地である桐生・足利・秩父は主に北関東です。しかしこの地域のみならず、全国の産地もこれに続き、銘仙が日本全国で生産され始めました。銘仙の最盛期は昭和5年で、「全国銘仙連盟会」の統計では6,522,682疋が生産されています。
銘仙についてよくある誤解は、柄ものの銘仙はプリント(捺染)と思われていることです。これは実は一部本当なのです。特に「解し絣」と言われる銘仙は、一旦ざっくりと織った布地を再度解いて緯糸(よこいと)とし、別に染めた経糸(経糸)を合わせて柄を作っていることです。この時にできる微妙な柄のずれ(かすり足)が銘仙の持ち味として珍重されました。もちろん廉価版の銘仙もあり、戦前の統制下ではプリント銘仙も作られましたが、実は大変手間がかかっている織物なのです。人件費の安かった時代でなければできなかったことです。
注:1疋は2反に相当。
Ⅲ 産地のブランド戦略
伊勢崎銘仙ポスター(昭和2年)
すべての商品はネーミングが命です。銘仙は「銘」という文字がブランド感を与えて成功しました。また、「女学校の生徒たちが着る着物として、銘仙が適切である」という判断が各校でなされたという記録もあります。制服としてのお墨付きをもらえれば、製造しても必ず売り先がある訳です。
加えて伊勢崎や秩父など産地の商業戦略は、雑誌やマスコミを上手に使うものでした。女優を使ったポスターの制作やデパートでの販売もいち早く手がけています。この戦略はその後十日町の産品であるお召反物の販売にも受け継がれ、昭和30年以降の着物の大量生産・大量販売につながることとなります。
昭和2年の雑誌記事には、
「今秋の銘仙。最近の銘仙はこれまでの堅実本位の節糸銘仙から、地風の変化と模様物 本位に転じてきた。銘仙の柄は、大ガスリ、模様物、珍ガスリ、シメキリガスリ、縞、格子および男物である。このうち模様物は従来は友禅風の上品な草花模様が多かったのだが、最近は油絵式、パステル調といった、モガ好みのくどいものが非常に多い。」
と書かれています。
Ⅳ 柄の多様さと色彩の華やかさ
このような歴史を持つ銘仙ですが、残念なことに最近はあまり関心を持たれなくなりました。素材が本来、玉糸、紡績絹糸などの廉価な絹糸であり、普段着としてスタートしたこともあるでしょう。しかしこれらの美しい絵柄は、北関東一円に古くからある、優れた絣作りの伝統と技術の上に成り立っています。高い技術力と日本人の美意識、それに加えて新しい製品を造ろうという産地の熱意が作り出したものが銘仙です。海外にもコレクターが多い銘仙に、再び評価が起こることを期待しています。
上の画像は平成16年(2004)にNPO法人京都古布保存会が世田谷で開催した「京都に残る100枚の銘仙」展のものです。銘仙の柄の多様さをご覧ください。また、この案内葉書も昭和の雰囲気をよく伝えています。作者の七園菜生さんは、保存会所蔵の銘仙の柄を使ってイラストを制作してくださいました。実は本稿に掲載の銘仙画像がイラストで使われています。どうぞ探してみてください。
【参考文献】
実用織物の研究
群馬県立絹の里 第5回企画展「伊勢崎の織物展」図録
銘仙とその製造技術の変遷 新井正直(群馬県繊維工業試験場)
【謝辞】加えて、2004年に世田谷生活工房での展示を実現させていただいた鈴木律子氏にこの場を借りて感謝いたします。
(著者:似内惠子 昭和きもの愛好会理事)
【関連原稿】
姿を変える銘仙-戦前から戦後の歴史
https://note.com/showakimono/n/nd5059cb2723f
文学にあらわれた銘仙
https://note.com/showakimono/n/nc9214754b900/edit
https://showakimono.jimdofree.com/ 昭和きもの愛好会HP
https://www.facebook.com/showakimono/ 昭和きもの愛好会FB
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