【なぜ?どうやって?】大ピラミッドと古代エジプト人の謎【二分心×電波塔仮説】#1
※本記事で紹介している書籍等はAmazonのアソシエイトとして適格販売により収入を得ています。
大ピラミッドの謎とは
謎の建設方法とピラミッドの用途
未だ謎に包まれているピラミッドの建設方法と目的。現在の定説ではファラオの墓として建設されたと考えられています。
ピラミッドは紀元前2630年頃のエジプト古王朝時代の第3王朝から建設がはじまり、ギザの三大ピラミッドは、紀元前2530年頃の第4王朝時代にクフ王、カフラー王、メンカウラー王によって王墓として建てられたと考えられています。
しかしながら王墓としては不可解な点が多いこと、当時の技術、知識では建設不可能な点が多々残されていることから、 唯一現存する世界の七不思議として知られています。
僕たちの文明社会が作り出した人工物のうち、不必要なものは何一つありません。証拠に身の回りの物を見てください。全て何かしらの用途があって作られています。
彼らがピラミッドを建設したのも必ず用途、目的があるはずです。 古代エジプトを含む巨石遺跡の謎については大きく分けて、その目的と方法の2つに分けられます。
<WHY>謎の建設目的 本当に王墓か?
古代エジプト文明の痕跡が少ない
大ピラミッドの内部からクフ王のミイラや副葬品は見つかっていないことが王墓否定説を生んだ原因となっています。
また、三大ピラミッドの前後の時代に建設されたピラミッドに見られる、玄室の青タイル、壁画やヒエログリフなどの装飾が三大ピラミッドにはありません。
つまり三大ピラミッドが墓であるならば、古代エジプト文化にとってとても異質な仕上げだと言えるのです。
玄室の位置
次に内部にある玄室、王の間の位置。
ここではミイラが見つかっていないことはもちろん、通常、古代エジプトの埋葬は地下深い場所に安置するのが風習であるのに対し、石棺が安置されている王の間は、地上よりも高い位置にあります。
玄室にもかかわらず石棺があるだけの殺風景な空間。そもそも本当に王の玄室なのでしょうか?
この点で考古学者の河江氏は、この時代から、古代エジプトは太陽信仰が深まっていく影響で、王を太陽に近い場所へ安置する習慣が根付いたためと結論付けています。
しかしながら三大ピラミッドの前後に建設されたピラミッド群に、地上より高い場所に玄室があるピラミッドは存在しておらず、その後埋葬場所として一般化した王家の谷でも、基本的に安置されるのは地下です。
最新仮説
周辺から葬送儀式に関連する遺物が多く出土していることも事実。
そのため内部が殺風景な状況でも、王墓説は以前有力であり、いずれにせよ当時の権力者、ファラオや神と関連する宗教的施設だということはほぼ間違いないと見られています。
1988年、大ピラミッド周辺には当時の人々が住んでいたとされるピラミッドタウンが発見されました。
タウンには建設関係者が住む宿舎や工房、貯蔵施設などがあり、人々は労働対価をしっかり受け取り、羊の肉やパン、お酒を頻繁に口にしていた形跡から、かなり裕福な生活を送っていたことが分かってきました。
今まで定説だった奴隷説が覆され考古学会では強制労働ではない官民一体となった公共事業説が濃厚です。
一部には、公共事業とはインフラ施設であり、ピラミッドは上下水道などのライフラインに直結するものではなく、ピラミッドは公共事業ではないと結論づけている学者もいます。(この点は後半記事で考察します)
ただ、タウンが発見されたことで、統率された組織が組まれて動いていたと判明し、大規模な国家プロジェクトであることは間違いなさそうです。
<HOW>謎の建設方法 本当に人力で作ったのか?
ピラミッドに使用されている石をどのように切り出し、移動させ、積み上げたのか。シンプルな謎ではありますがこれまで解明されていません。
最も巨大なクフの大ピラミッドは、石灰岩と花崗岩の推定230万個のブロックから構成されており、各ブロックの重さは2.5トン~15トンあるという。
石・銅を原料としたノミやノコギリいった道具が出土しているため人力で切り出していた痕跡は残っています。
最新仮説
石切り場から傾斜路の遺構が発見されました。
この発見によって、石切り場からの運び出しに傾斜路が使われていた信ぴょう性が高くなりました。
当時手に入る材料のみでピラミッドが建設可能か解明する実験考古学の結果、スロープの上下から引っ張るテコの原理を利用することで20°以上の角度でも引き上げられると確認されました。
発掘されたピラミッドタウンの一部に船着き場があることから、ピラミッド建設現場まではナイル川を使って水路を引き込み運んだ説が有力視されています。
同じようにピラミッドの上部へ石を積み上げる方法も、傾斜路は間違いなく使ったであろうと考えられています。
直線傾斜路でつくると石材運搬の距離が長くなり、膨大な建材と労力が必要となるため、ジグザグからせん状に傾斜を作り運んだ説の方が有力視されています。
このようなピラミッドのWHY、HOWについては研究が進むにつれて、謎は多いものの少しずつ明らかになりつつあるようです。
エジプト考古学の第一線で活躍されている河江肖剰氏によると、現地で石の加工跡や積み方、当時の人々の痕跡を目の当たりにすると、失敗を繰り返しながら相当苦労して創意工夫のもと作られていたことが読み取れるそうです。
ピラミッド建設に関する都市伝説
一方でピラミッドには当時の人間では不可能だとされる設計が含まれており、都市伝説界では宇宙人説、超テクノロジー説など様々な憶測が広がっています。
オリオン座との奇妙な一致
ギザの三大ピラミッドの特徴としてその3つの配置にあります。
エジプトのギザのピラミッド群は紀元前1万450年の天体図になっており、ナイル川を天の川に見立てると、ピラミッドの3つの頂点が、オリオン座の三ツ星とほぼ一致するというものです。
そしてその大きさは、3ツ星の明るさを表していると言われています。
古代エジプト人は星への信仰も持ち合わせていました。もしオリオン座の配置に合わせて建設されたのであれば、ギザの三大ピラミッドの歴史は8000年も遡ることになります。
反証
ギザの3つのピラミッドはもともと頂点が一直線になるように建設される予定だったと考えられています。
メンカウラーのピラミッドが小さい理由は、建設途中に基礎となる大地が軟弱だったことが判明し、急遽、縮小された可能性が高く、その結果メンカウラーのピラミッドの頂点がずれたと考えられている。
つまり、オリオン座の三ツ星との一致は偶然の産物だという事。
数学的一致
ピラミッドの構造には、円周率、光の速度、方位、黄金比などの高度な数学との一致が見られます。
当時の技術のもとでは到底分かるはずもない高度な数学の知識、天文学をを利用し設計されていることを示唆しています。
①方位について
こちらも当時手に入る材料のみでピラミッドが設計可能か解明する実験考古学の結果、方位については北極星(トゥバン)を利用した肉眼測量でほぼ100%に近い精度で合わせることが可能だと判明した。
②水平レベル
ピラミッドの四隅は完璧な90度であり、その内部にある「王の間」は、誤差0.5mm以下のほぼ完璧な水平と垂直を実現している。→水を使って水平を出したと見られています。
③大ピラミッドの底面の周長を高さの2倍で割ると円周率になる
④大ピラミッドの底面積に対する側面積の比は黄金比である
円周率πと同様に黄金率φ=1.618・・・も無理数 円周率の発見は大ピラミッドよりも2000年もあとのギリシア時代のため、数学に一致すれば黄金比が生じる確率も高まるので設計時に気づかないうちにπが紛れ込んだという説
またピラミッドは自然が形成する幾何学模様(フラクタクル構造)をガイドにして設計したのではないかという説もあります。自然の摂理を応用すれば複雑な数学的計算は確かに必要ありませんが、一体どのようにして彼らが利用したかは不明です。
これらの謎は、当時の人々の創意工夫で実現は不可能ではないとされています。では次の一致はどうでしょうか。
⑤ピラミッドの寸法は43200対1の関係で、地球の寸法と一致する
例えば、地球の赤道の長さを43200で割ると、ピラミッドの土台の周囲4辺の長さと同じ927.5mになる。
地球の極半径を43200で割ると、ピラミッドの高さと同じ147.1mになる。
43200は60進法を採用していた古代エジプトで重要な数値として出てきます。彼らは昼と夜をそれぞれ12時間(43200秒)と設定しました。
王の墓の壁画にも冥界までの道のりを12(時間)に分けて記しているように、43200は彼らにとって重要な数値だったはずです。
そんな数値が、大ピラミッドと地球の縮図に出現する。これは、建設者が地球という存在を大地ではなく、宇宙からの目線で見ている事を意味します。
⑥座標と光速度の数値一致
大ピラミッドの座標の、北緯29.9792458度という数字は、光速の299,792,458m/sという数値と完全に一致しています。
また、ピラミッドの外接円周の長さから、内接円周の長さを引いた数値も、光速の値となります。
この⑤⑥に関しては、ただのオカルトとして考古学的な検証もされておらず、ただの偶然であると言わざるを得ないかもしれません。
《なおも残る謎》
ピラミッドタウンが発見されたことで建設は古代エジプト人が行ったことは間違いなさそうです。
しかし最新仮説通り、技術的に可能だったとして、数学、天文学的な数値に沿ったピラミッド構造をなぜ設計する必要に駆られたのでしょうか?
考古学的、科学的知見からするとこれら謎に具体的な説明がつけられず、偶然や宗教的思想として片付けるほかないのが現状です。これは19世紀ー20世紀に物理学が目の当たりにした量子論と同じで、やはり物質面からの研究は限界を迎えているのかもしれません。
遺物という物質から現代の価値観に合わせて理解しようとしても真実には到達することは出来ないかもしれないのです。
次回の記事では、古代エジプト人の精神構造から、ピラミッドの謎を探ってみたいと思います。
続きはこちら▼