これも生きる意志なんだろうか?
「レジリエンスって言葉が嫌いだ」なんて記事を以前書いた。レジリエンス(resilience)とは、「回復力」や「復元力」という意味の言葉で、心理学では「困難からしなやかに回復する力」を指します。
なんか、よく目にするレジリエンスについて書かれた記事が、「レジリエンスを持たなきゃ駄目だ!」みたいな言説が多く、本当にレジリエンスが必要な人に無理ゲーなこと書いていて嫌になる、ってことを書いた。
でも、生命の驚異的な回復力を目にすると、やはり生き物には自然と回復して再起しようとする力が備わっているのだと実感する。
ほぼ寝たきりになってしまった義母が、歩く練習を始めたという。3月に体調を崩して入院したときには、先生からは「あまり無理をさせなくても」といったことを言われていた。正直なところ、余命はあまり長くないだろうとも言われていたのだ。
しかし、その後、リハビリ施設に移ったら体調がどんどんと良くなっていき、寝たきりから1日中座っていられるようになり、立つ練習を始め、とうとう歩く練習も始めたとのこと。
良くて車輪が付いた歩行器での歩行が可能になるかも、と言われていたのが、すでに杖をついて歩いているという。90歳を超えても回復する、その驚異的な生命力には驚きしかない。
考えてみたら、100歳近くで亡くなった私の祖母も90歳前後で一度転んで骨折をして、そこから復活した。
祖母も義母も、とにかく若い頃から働き者で身体をよく動かしていたから、基礎体力があるのだろう。
「レジリエンス(心の回復力)を持て」って無理強いすることは良くないが、しかし、人の身体には自然に治っていこうとする回復力は備わっているんだな。
実はレジリエンスって無理強いしなくても、心も時間をかけてゆっくりと見守ってあげれば回復できるような気もする。もちろん、脳機能の面で治療が必要な場合には違うだろうが。
レジリエンスを強要したくなるのは、周りがその人に回復してもらわないと困るからではないだろうか。しかし、それは本人の問題とは違う。本人の回復は、本人自身が自然に持つ回復力に任せるしかない。周りは急がせることなく、本人の回復力を信じて見守ることが本当に大切だと思う。
義母はこれからどこまで回復するのだろうか?もうちょっと見守って行きたいと思う。
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