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「ポルシェ太郎」羽田圭介著

この作品は小説や物語としては、読者の好奇心や興味を刺激する必要以上に表現や演出面で奇をてらわず、一方で様々な事象や事柄を俯瞰的に眺めながら、35歳の「ビジネス界では若くして起業したが、まだ何物でもない男」の視点で、客観的に「欲望渦巻く世界」を描いていく感じで…率直に、非常に面白かった。著者の羽田圭介氏は自分の2つ上だが、ある意味世代的には近いので、前回読んだ「チュベローズ」シリーズの加藤シゲアキ氏と同様に、「テレビっこ世代にも読みやすい」感覚で物語を進めていくことに長けている印象を受ける。これは否定では決してなく、現代の文学や小説の方向性も見える気がして、非常に興味深いという意味でそう感じるんだよね。凄いよ、ホントにこれは。

ある意味、日本のドラマの感覚なんだよね…90年代に自分たちと一緒で、ドラマを見ていた世代の描写感覚だと思うんだけど、この作品は実に緻密で完成度が高い。文学的な価値や評価は、正直言って素人同然の自分には深いレベルでは分からないけど、文学作品でなければ表現できない世界観と人物・心情描写がふんだんに盛り込まれていることは、素人目に見ても確かだと思う。というか、素人がバイアスや背景知識なしに純粋に感動する作品って、要するにすごいんだよね。

ちょっと蛇足になるけど、文学作品の「映像化」に積極的に挑んでいるのが「スパルタ」として有名だという李相日監督で、以前女優「広瀬すず」を特集した情熱大陸においても、やはり「原作の描写に基づく演技」を演じることが求められる意味では「要求レベル」が高い上に「スパルタ」という印象で有名とのこと。なので、彼の役者への要求は傍から見ると理不尽かもしれないが、作品を映像化する過程では必要不可欠であり真剣なのだと感じる。ちなみに、すずちゃんへの演技指導も恐らく原作に基づいた忠実なものだったと思うので、本人には負担になる面もあると思うけど…それ位読み込んで臨んできてくれ、っていう意味なら非常に理解できるんだよね。

それにしても、この作品は純粋に、非常に読みやすい。逆に言うなら、文学的に美しい表現に満ち溢れたものではなく、ある事象を淡々と語るような物語のような展開に近いので、詩的表現や文学的引用を求める読者の方には物足りないのかもしれない。けど、客観的な視点で語られているにもかかわらず、登場人物との感情や心情を読者としてでも「共有」あるいは「共感」できるような没入感は強い。「共感」ではなくとも、共有ということで感情移入という現象とは逆なのだけれど…まぁ「シンクロする」というよりは、ある意味個々の事象に見えるが文脈や場面を変えれば、誰もが遭遇しうる嫉妬心や尊大な態度を丁寧に描いている印象で、これ実は…難解な表現で高尚に見せて読者を困惑させるより、よっぽど難しいんだよね。

この作品のテーマは文字通り「ポルシェ」なのだが、ポルシェというスーパーカーを通じて、「単にそれ自体の魅力に取りつかれる心情」を描くのではなく、主人公の自尊心も含めた内なる感情を高めるブーストとして機能させている点でも興味深い。要するに、経済的な一時的成功を除けば、基本的には根拠のない自尊心の象徴としても描かれているんだよね。次第にポルシェを所有することで生まれる、いわゆる「成功者バイアス」と呼ばれる心境になっていく感じも面白いし、そうしたところに陥ることで次第にポルシェという存在自体も重荷になり、物語的にも「息が詰まるもの」になってくる感じも興味深い。

それにこの本を読んだ感じ、どこか懐かしいと思ったら…「スカーフェイス」なんだよね。非合法的な稼ぎをテーマにしているか否かの部分で違いこそあれど…(※グレーゾーン的な要素を扱う描写はある)というか、ネタバレになってしまうので具体例は触れないでおくけど、基本的には膨れ上がる自尊心と強大なエネルギーの行きつく先みたいな部分もあって、確かにスカーフェイスほどのギラギラ感やパワフルさは、この作品にはないかもしれないけど…そういうブーストかかる時の人間の心理みたいなのを描いている意味では、共通点も多いかなと思う。

もっと言うなら村上龍氏の「ラブ・ポップ」で、友達と一緒に援助交際を始めてみちゃった女子高生の物語にも近いね。ラブ・ポップはホントに取材に基づいた「触り」の部分を文学的に描いた印象の作品で、どちらかといえばノンフィクション感の強い印象なんだけど(なので、現実味や思想の排除という意味では非常に優れた作品なんだよね…オチはちょっと共感できなかったけど…/笑)それよりは「ポルシェ太郎」はもう少しいい意味でのフィクション感とエンタメ的な要素を取り入れた印象を受ける。

あとは、諸々の描写…が、かなり生々しくって…思春期の男の子にはちょっと刺激が強いんじゃないかって思う箇所もあるので、それを惜しげもなく載せてしまう羽田氏の粋な心遣いには敬意を表したい(笑)この作品、普通に図書館で借りて読めるのだから、想像力の逞しい思春期の男子の頃に出会っていたら大変だっただろうなぁ…自分はまぁ、近所の家で初めてモザイクのないアレコレの映るトランプで遊んだ時の「興奮よりショックで引いてしまう感じの」思い出がよみがえる感覚に近かったけど(笑)

あるいは、羽田氏の自動車への偏愛ぶりが垣間見れるのも面白い…首都高速道路の「大黒パーキングエリア」の描写が出てきたときは、こりゃガチやなぁヘンタイやなぁとニヤリとしちゃったよね…誉め言葉(笑)それに、高級車に相応しい絵面とは何だろうか、という非常に「世間的にはどうでもいいかもしれない」けど、考えてみれば非常に興味深いことを作中何度も何度も触れてるのも、自動車が生み出す文化や社会的価値を考察するうえではホントに面白いし、まぁ…車好きとしては色々考えちゃってさ、Rykey氏じゃないけど「深い」よね。考えてみれば、物語と共に展開する主人公という媒体を通じた考察も、車好きとしては非常に面白い。

現代小説はやはり時代に合わせたテーマや話題に沿う作品も多いし、その意味では映像作品では表現することの難しい、微妙な感情表現や心理描写を載せられる小説の強みや面白さを、現代の社会的な文脈でも描いていくことで存在意義を見出していくのだろうし、違う価値を生み出していくのかなと感じている。最も、言葉や文章を並べて物語を作れるという意味では、映像作品を簡単にYoutubeで提供できる時代であったとしても…誰もが物語を展開できる意味での強みもあるだろうし、それは今後も生き残っていく形になるのかなと思う。

しかし、羽田圭介大先生…面白いなぁ。バス旅でも田中要次氏とのコンビが最高に味わい深いけど、作家としてもすげーわ…。あと、俺はやっぱり冷静に社会を見つめる作品のほうが肌に合うなって思う。今、島田雅彦大先生の本読んでるけど、確かに短編集のエピソードとしては面白いんだけど…いちいち反日というか左派的な視点が見えちゃうと霹靂しちまうもん…(笑)

ちなみに、ヘッダー写真は勿論「ポルシェ」で、いつかの東京モーターショーで撮影したもの…やっぱカッコいいよね。こんな車ゲットしちゃったら、そりゃイキって色々手を染めちゃう心理になっちゃうのも、分からないではない…(笑)

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