会社って本当に変われるの? 企業変革の方法論を7つ紹介します
さて本日は変革の方法論を紹介したいと思います。まず筆者の印象に残る既存の考え方を紹介したうえで、いくつか独自のフレームワークも挙げられればと思っています。
既存の考え方の紹介
ジョン・コッター
さて、企業変革といえば誰もが知る第一人者はコッターでしょう。
コッターは、初期の著作では危機感を起点にした8段階プロセスを提唱していました。
しかし、近年の著作はトーンを変えていると感じます。『実行する組織』では、ビジネスを回す階層組織と変革を推進するネットワーク組織を併存させる「デュアルシステム」を提唱しました。というのも、階層組織は既存ビジネスを効率的に回すためのものであり、新しいことをするのに向いていないからです。一方で、階層組織を崩してしまうと現在のビジネスが回りません。ですから、階層組織と併存する形で、変革を促進するネットワーク組織が必要になるのです。
それととともに、変革のドライバーとして危機感や義務感より情熱を重要視する姿勢を打ち出しています。8章のQAがそれを象徴しています。
『CHANGE』では更にその方向を推し進め、「防衛本能を惹起しないよう、危機より機会に注目」「階層型組織と併存するネットワーク構造」「トップダウンのマネジメントより、多くの人の発揮するリーダーシップ」が駆動力になると論じています。
最初の「危機より機会に注目」というのは、人は危機に追い込まれると委縮し現在の立場を守ろうとするため、視野が狭くなり新しいことに挑戦できなくなるという話です。心理学・脳科学の観点からの考察で、本書を通じて何度も力説されています。
なお残念なことに、Kotter Inc.は日本でサービス提供していません。問い合わせたところ、アーサー・D・リトルが代理を引き受ける可能性があるとのことでした。
ジョン・カッツェンバック
これと近いニュアンスなのは、カッツェンバックの『少数の法則』だと思います。トップが思い通りに会社を変革するのは無理で、
少数の形質 (行動の傾向)
少数の行動 (従業員が実際に日々行っていること)
少数の真の非公式リーダー (肩書に無関係に,他人に大きな影響を及ぼしている人)
の3点に注目して企業の特徴を見定めることで、机上の空論に陥らず現実的な変革が可能になると言っています。それほど有名な本ではないかもしれませんが、穏やかな語り口が印象的でした。
なおカッツェンバックの方法論はStrategy&がサービス提供できそうです。
宇田川元一
宇田川元一の『企業変革のジレンマ』も特徴的です。宇田川は、企業の状態を急性疾患と慢性疾患という形で区分しています。急性疾患に相当する、つまり急速に業績が悪化し誰の目にも危機が明らかなときには、危機感をベースにしたトップダウンで強引な変革が有効です。一方で慢性疾患、治療しなくてもすぐに命には関わらないが、いずれ寿命を蝕む緩やかな病的状態において、変革は遥かに難しいものだと主張しています。そのために以下のステップが推奨されています。
興味深いのはその最初のステップでしょう。「全社戦略を考えられるようになる」と言っていること、つまり慢性疾患状態の企業では全社戦略を考える能力がないと述べていることです。
また、企業変革では短期的な成果と長期的な重要課題が両立しないため、KPIを変えるなどして納得感を醸成するといった、人の慣性や弱さに寄り添った提言が数多く見られるのも、対話を軸とする宇田川の特徴です。
マッキンゼー
マッキンゼーは経営トップへのコンサルティングがメインです。そのため、提言や方法論は経営陣に対するものになる傾向があります。変革に関しては7Sが有名ですが、最近は「インフルエンスモデル」という方法論を使っているとのことです。
「変革のストーリー」「変革のロールモデル」「スキル」「変革を定着させるための仕組み」の4点を重視しています。図を見ても、トップが何をするかという観点で描かれているのが分かるでしょう。この4つに全て取り組んだ場合に変革の成功率が飛躍的に上昇することが『生き残るためのDX』に紹介されています。
ところが日本向けには別の提言もされています。
解説記事の中にもあるように、友情・努力・勝利という少年漫画の要素をヒントにしているのが面白いですね。危機感から始まるドラマティックな変革という意味では、宇田川のいう急性疾患の状況を想定しているのかもしれません。それでも「皆と一緒」「努力と成長」という側面をフィーチャーしており、経営陣のイニシアチブだけではうまくいかないことが見て取れます。
キャノンITソリューションズ
DXに特化した方法論では、最近目にしたキャノンITソリューションズのレポートが分かりやすかったと感じます。プレゼンテーション形式のため深いことは書かれていないのですが、議論のベースとして使いやすい構図だと感じました。
その中に、DXをD (デジタル化) とX (トランスフォーメーション) の2軸に分け、2x2の4象限で変革を分類する話が出てきます。
興味深いのは、変革の道筋を複数パターン描いていることです。そもそもトランスフォーメーションを目指さずデジタル化のみを目標としている「デジタル武装型DX」、デジタル化を経由してDXを目指す「デジタル化先行型DX」、トランスフォーメーションから入りデジタルに至る「モデル先行型DX」、初めからバックキャストでDXを目指す「直行型DX」です。
レポートの中では、デジタル化を経由してDXを目指す「デジタル化先行型DX」が多くの日本企業に向くと考察されていました。個人的には共感する一方で、デジタル化で満足するというか、いつの間にかデジタル化がDXになってしまい、その結果に満足してDXに至らない企業も少なからず存在するのではないかという懸念を抱いています。digitization→digitalization→DXという構図が各所で提示されていますが、本当にこの順番で進むのか懐疑的という意味です。この点に関してはいずれ論じたいと思っています。
オリジナルのフレームワーク
さて、独自のフレームワークも紹介しておきたいと思います。「2つの変革可能性パス」と「イノベーティブ・マトリックス」です。筆者はもともとイノベーションの人なので、イノベーションをヒントにしているのが特徴的かもしれません。
2つの変革可能性パス
2つの変革可能性パスは、2軸を取った2x2分析から成ります。横軸に楽しい―苦しい、縦軸に安心―不安を設定したとき、大企業の社員の多くは右下の「苦しい×安心」の象限にいるのではないか。その象限にいる限りにおいて、現状に対する不満は我慢すれば済むし、そもそも仕事とはそういうものだと思っていて、そう考えているうちは変革が起こらないのではないかという仮説です。
これが、例えば縦軸を上がって不安になるとしましょう。このとき「苦しい×不安」であれば、さすがに変わらないといけないと感じます。多くの人がなんとかせねばならぬと思い、使命感から一丸となって変革に突き進む。これを使命型変革と呼んでいます。
一方で、横軸を左に進んで楽しくなったとしましょう。仕事を楽しんでいる人々は、右下の苦しみながら仕事をしている人々からすると悪です。会社のお金を使って遊んでいると見做され、ストイックな正義感や強烈な嫉妬の対象となり、非難されたり足を引っ張られたりします。しかし、しばしば遊びから新しいものが生み出されることを思い出してください。トニー・ワグナーは、イノベーションというのは3段階で進むと言っています。遊び→情熱→目的意識です。つまり、最終的に崇高な目的意識を持って推進されるイノベーションというのは、最初はちょっとした遊び心から始まり、いずれそれに情熱を燃やすようになる形で発展すると言っているのです。
そう考えれば、仕事を楽しむところからイノベーションが生じる姿は想像できるでしょう。これは面白いことを探求するボトムアップなスタイルであり、創発的変革と名付けています。
もうひとつの象限、「楽しい×不安」から進む変革にはギャンブル型と名付けました。主に新規事業など、効率を追求する既存事業とは遠い形の変革がイメージされます。オペレーションを担う受動的努力家の対角線に位置することからも、この象限の位置付けは容易に想像できると思います。
このマトリックスを見ると、先ほど紹介したコッターとの類似性が思い浮かびます。使命型変革がコッター初期の8段階プロセス、創発的変革が近年のデュアルシステムに近いでしょう。危機より機会を重要視するために、防衛本能を惹起しないことが重要という話と通じるものがあります。宇田川のいう急性疾患が使命型変革に繋がるとすれば、慢性疾患においては遊び心を許容しイノベーティブな雰囲気を作るというのが解のひとつになるのかもしれません。
イノベーティブ・マトリックス
もうひとつのフレームワークはイノベーティブ・マトリックスと名付けました。
これも先ほどと同じく2軸の2x2分析で、横軸には新規性、縦軸には物議を醸すかどうかを採用しています。イノベーティブかどうかということを論じる際に、「新規である」「実現可能である」「物議を醸す」という3つを見るという話がありますが、そのうちの2軸を用いた形です。
このとき左下は「新規でない×物議を醸さない」象限になり、日々の業務そのままのroutineです。左上は「新規でない×物議を醸す」であり、disturbing、不穏なだけの提案となります。右下は「新規×物議を醸さない」でありsmartなソリューションと言えます。右上は「新規×物議を醸す」なのでinnovativeです。
ここで留意して頂きたいのは、新しいものも時が経てば古くなり、物議を醸したものも定着すれば問題にならなくなるということです。ですから、初期にうまくいきさえすれば、次第に右のソリューションは左に、上のソリューションは下に降りて来る構図になります。
このときアプローチは3つあると思っています。
A. routineなプロセスに少しだけ新しい要素を加えていって、上方向に向かう抵抗を感じさせないよう徐々にsmart領域を目指す
B. 新しいと言いつつもまずは無難なsmart領域に入り、徐々に物議を醸すinnovativeな活動にしていく
C. 最初からinnovativeな領域に小さく入り、徐々に活動を本格化させていく
これは、先ほどのキャノンITソリューションズの構図と似ていることにお気づきになるでしょう。smartと言っている領域がデジタル化、innovativeというのがDXに相当します。縦軸と横軸を入れ替えて対応させるとすれば、キャノンITソリューションズがトランスフォーメーション軸としたところが本フレームワークでは「物議を醸す」軸になっています。
まとめ
こう見てみると、変革の方法論はいろいろ接続されているのが分かります。もちろん当記事はシステマティックレビューではなく、筆者の記憶に残ったものを選んでいますので、それぞれ部分的に似ているのは当たり前です。とはいえ特徴をまとめると以下のようになるでしょう。
トップが変革を正しくリードすればうまくいく、という単純なものではない。トップのコミットはもちろん必須だが、現場で実質的に影響力を持つ人々のリーダーシップが重要である。
危機感を煽れば変革に向かうという単純な構図ではない。ありたい姿への期待感を丁寧に解像度高く共有するプロセスが必要である。
現状を肯定し漸進的に変革を行うか、ありたい姿からバックキャストするかは社風に依存する。どちらなら必ずうまくいくという訳ではない。
企業変革は昔から大きな課題になっており、なおも議論が続いている難しい活動です。ですが、少しずつ知見が蓄積しており、価値観や制度の違いにも関わらず、意外と世界的に共通の部分も多いと感じます。各社にはそれぞれの事情があるのはもちろんですが、こういった知識やフレームワークが多少なりとも変革の成功確度を高めると信じています。
※文中で各社へのリンクを貼っていますが、筆者は利害関係者ではありません。事業会社の社内でDXを推進する立場です