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老人駅伝!

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老人は走り出す。 単なる健康維持の為ではない。 夢のため、子どものような馬鹿げた目標のために走り出す。 それでいい。 いつの間にかその老人の走りには、若い世代が感化される。 そ…
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長編小説『老人駅伝』最終話

長編小説『老人駅伝』最終話

エピローグ

 鈴木梨々香がゴールした後すぐに、高橋望が小学生みたいな笑顔と、小学生みたいなダッシュで駆け寄ってきて、抱き着いた。梨々香は、疲れているものの充実した表情で、望の金髪を撫でた。

 村神芳樹が集合場所に戻ってきて、二人と合流した。芳樹と望は、ぎこちない言葉で互いに褒め合った。

 三浦夫妻が帰ってきた。弓子がフラフラの状態の義雄を支えている。芳樹と義雄ははしゃぎながら抱擁し、再会を喜

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長編小説『老人駅伝』㉑

長編小説『老人駅伝』㉑

・七区 シニア男子 三浦義雄

 周りを見渡せば老人ばかりだ。こっちを見ても、あっちを見ても、皴、皴、皴。皴が息を荒くして体を動かしていやがる。今日のうちに誰か死んでもおかしくないんじゃないかと思ったね。まぁ、その該当人物が私かもしれないがな。
 久しぶり、私だ。三浦義雄だ。
 体の調子はかなり良かった。一週間前まで、病棟で一歩も動けずにへたれていたとは思えない機敏な動きを、アップ時の自分の体は見

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長編小説『老人駅伝』⑳

長編小説『老人駅伝』⑳

・六区 小学生女子 陣在太花

 本番の朝も、太花は落ち着きがありませんでした。起きた時から目が泳いでいて、しばらく部屋をグルグルと回っていました。普段は目覚まし時計と同じ時間に起きるのに、それよりも早く目が覚めていたようですし、口の中が乾燥しているのか、朝ごはんを食べるのにも時間がかかっていました。テレビにも目を向けていません。この症状は二週間前から段々と起きるようになっていて、ずっとこれは何

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長編小説『老人駅伝』⑲

長編小説『老人駅伝』⑲

・五区 中高男子 村神芳樹

 冷静。冷静。冷静、冷静、冷静! 全然冷静じゃないぞこんなの! 
 僕はこんな感じの心境で、ウォーミングアップをしていました。心臓はバクバクですよ。なんてったって、高校では男子の人数が足りなくて駅伝が出れなかったので、駅伝という集団競技が中学生以来だったんです。僕の前に走る選手がいて、僕の後にも走る選手がいる、という常識は、存外大きな緊張を僕にもたらしていました。

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長編小説『老人駅伝』⑱

長編小説『老人駅伝』⑱

・四区 一般男子 川外勇也

 川外勇也は、伊藤隼斗から襷を受け取った。表情は些かの驚愕。二十番台でくる予測だったが、十位で回ってきたことによるものだろう。
 川外勇也は走り出した。見える範囲に、選手が三人。後方十一位とは結構な距離があるので、暫くは抜かれる心配はない。慎重な走り出しを見せていった。

 ……七時に目を覚ますことが多い。起きるともう、体が痛い。痛さのあまり呻くことはないが、いず

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長編小説『老人駅伝』⑰

長編小説『老人駅伝』⑰

16話まではこちらから↓

・三区 小学生男子 伊藤隼斗

 走りでは負けたことがなかった。
 運動会の徒競走ではいつも一位。五年生の時に、六年生が混じった陸上大会で勝った。だから今年ももちろん勝った。圧勝。
サッカーの試合で負けることはある。でも俺のせいじゃない。俺は俺のマークを振り切って走った。ボールを奪われて点をとられたのはチームの負けだから、全員の責任だ、と監督が言った時には、イライラした

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長編小説『老人駅伝』⑯

長編小説『老人駅伝』⑯

・二区 シニア女子 三浦弓子

 無事に駅伝当日までこれた。誰一人欠けなかった。義雄のコンデションは良かったと思っていたし、当然、私自身のコンデションもいつも通り良かった。
 準備は万端だった。それは間違いない。けれど私の中に、何故かモヤモヤがずっと残っていたの。これまでのランナー人生で一度も感じたことないモヤモヤ。本番が近づくにつれて大きくなっていった。アップをしていてもモヤモヤは増幅するばかり

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長編小説『老人駅伝』⑮

長編小説『老人駅伝』⑮

・一区 中高女子 高橋望

「練習に出たら――」

 私だって、部活に行かないで、その代わりにパチンコに行くなんてださいな、って思ってた。でも意外と行く場所がなかった。これまで部活一筋で走ってきた私が、息を潜められるところなんて。
 スポーツをしていたら、誰だって怪我くらいするでしょ? 去年の冬、ちょうど駅伝が終わった頃だったから、十二月の始めだったかな、私も怪我をした。
 今思うと何だか、緊張の

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長編小説『老人駅伝』⑭

長編小説『老人駅伝』⑭

 私は病院のベッドで息を吹き返した。実際のところ、息はずっと続いていたのだが、気持ち的には、目を覚ますまで息なんてしていなかった気分だ。静かな目覚めだった、らしいが、こちらも気持ち的には深淵から一気に明るみに出た感覚で、ダイナミックそのものだった。
これが死ぬってことなのかもな、と一秒後に思った。これまでの人生で気を失うことなんてなかったから、意識がないということが、これ程までに無の静寂に包まれる

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長編小説『老人駅伝』⑬

長編小説『老人駅伝』⑬

 十一月二十二日の早朝、私がもう少し寝ていたいと感じる程の暗がり時に、家のチャイムが鳴らされた。妻よ出てくれ、という希望を持って隣を見ると、押しても蹴っ飛ばしても動かないぞと言わんばかりの決意を持った塊が出来上がっていたので、私は呻き声を上げながら玄関に出た。
 そこには、川外勇也がジャージ姿で立っていた。いつにもまして申し訳なさそうな表情をしている。憎たらしい顔だよ、本当に。安堵と嬉しさがこみ上

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長編小説『老人駅伝』⑫

長編小説『老人駅伝』⑫

 昨日、記録会が終わった後にスマホを開いてみると、老人ランナーの集い、とかいう謎のグループに招待されていた。ラインのグループってのが未だにいまいちよくわからないんだが、とりあえず参加してみたところ、「明日、記録会おつかれ飲み会を開催します」との文言が送られてきた。昨日の今日で、もう飲み会だ。なるほど確かに妻の言葉が聞こえてきそうだ。「老人は暇でいいですね」 
 ここで一つの懐疑が生まれるだろうな。

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長編小説『老人駅伝』⑪

長編小説『老人駅伝』⑪

 1話から10話まではこちらから↓

 なぁんてこった。
 私も妻も、当日は疲れているのにろくに眠れず、朝起きたら、今度はパニックに襲われて、双方無茶苦茶な言動を繰り返しながら喧嘩した。
「あれだわ、本番で結果が出ないタイプの子なんだわ。あんないい走りをするのに、もったいなさすぎるわよ! だから陸上が強い大学に行かなかったのね、納得。納得してられない! 駅伝をやめるだなんて! 走るのをやめるだなん

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長編小説『老人駅伝』⑩

長編小説『老人駅伝』⑩

 十一月九日。流石に昼間でも寒さを感じ、朝は言うまでもない。布団から出れなくなる季節だ。残念ながら、老人となった私には関係ないがな。暑かろうか寒かろうか目が冴えてしまい、動き出すしかないから。
 私はベッドから降り(妻はもう起きて走ってやがった。あいつ、やばすぎないか)、ジャージに着替えた。水を飲み、その場で軽くジャンプ。もう痛みは全くない。私の足の痛みは、怪我と呼んでは怪我に失礼なレベルの些細な

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長編小説『老人駅伝』⑨

長編小説『老人駅伝』⑨

 目が覚めると、痛みを感じた。痛みで目が覚めたのかもしれない。年と共に、疲労が抜ける速度も遅くなる。体中が痛くて、重くて、だるくて、ベッドから起き上がる気が起きなかった。だが、若者と違って二度寝する気分にもならない。全身が痺れて動けないまま、天井を見つめる。
 そういう時、私は無意識に自分に問いかけていた。
「このまま死ぬか?」
 もう一度目をつぶって深淵に落ちれば、死ねるような気がした。
 前に

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