マガジンのカバー画像

沈黙の女王

3
運営しているクリエイター

記事一覧

中編小説『沈黙の女王』上

中編小説『沈黙の女王』上

・四月

沈黙は金だ。
「くるぞ!」
 廊下の奥から、腐りかけた木の床と壁を通して、男子学生が鳴らした警鐘の音が伝わってきた。
「沈黙の女王がくるぞ!」
緊張が駆け巡る。
「やばい、逃げるぞ!」
「下がれ、下がれ」
「道を開けろ!」
 とはいえ、退屈そうな声もちらほらと聞こえる。
「はいはいはい、今日もきましたね」
「今日もここの廊下を使いやがった。迷惑だな」
 口に手を添えたひそひそ話も聞こえて

もっとみる
中編小説『沈黙の女王』中

中編小説『沈黙の女王』中

・四月

 沈黙は許可だ。
「ねぇ最悪、私あの子と同じクラスになっちゃったんだけど」
「あの子って誰?」
「とぼけないで、一人しかいなでしょ」
「あはは、怒らないでよ、ご愁傷様としか言えないわ」
「あんた、去年同じクラスだったでしょ、対策を教えてよ」 
 例年通りに桜は咲いた。窓を覗けば桜が見える。毎年桜が咲いて美しいとは思うけれども、冬も桜の木自体は同じ場所に立っていたということを、人々は都合よ

もっとみる
中編小説『沈黙の女王』下

中編小説『沈黙の女王』下

・四月

沈黙は短所だ。
「いい加減にしてください!」
 ようやっとクラスメイトに馴染めてきたことによるざわめきはその言葉で瞬時に消え、教室にひんやりとした空気が流れる。かろうじて、空いた窓から入ってくる春風だけが、緊張の冷たさを和らげていた。
 球技大会運営委員兼学級委員長と聞けば、それだけで彼の生真面目さが伺えるというものだ。その日は六月に控えた球技大会の種目決めをクラスで話し合っており、彼が

もっとみる