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東京での交流会レポート 2022年11月
2022年11月5日(土)から始まった『百姓の百の声』、東京・ポレポレ東中野でのロードショー公開。週末に4回にわたって上映後のゲストトークと、交流会を行いました。
そのレポートです。
☆初回、11月5日(土)のゲストは上野長一さん(在来イネ、ムギ類)
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上野長一さんは、僕がいちばん最初に取材させていただいた農家です。2018年2月が最初の出会いでした。
笑顔に白い歯が見えていますが、実は、上野さんは歯を食いしばって生きてきたからでしょうか、ご自分の歯はすべて磨り減って、1本も残っていません!
600種類の在来のイネを育てています。
「捨てられ省みられなくなっているイネたちが自分の人生と重なった。捨てられたイネたちだけど、かつては日本を支えたイネたちでもあるんだよね。色んな人たちの物語が、見えないけど宿っている。人間もイネもいろんな生き方があって良い、どれも美しい。」
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マスクと帽子で登壇された上野長一さん。上野さんをよく知る人からは「なんか怪しい雰囲気になっちゃった」と言われます(笑)。この日は奥さま、礼子さんの誕生日でもありました。
上野さんの舞台での話の核心は、「米作ったり麦を作るのは生活の手段で、目的はみんなが平和になるようなお米だったり野良仕事だと思っています。だから『百姓』として何ができるか、をたえず考えています。」
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お客さまを誘導する手伝いに駆けつけてくれた
帽子とマスクを取ると、いつもの上野さんの笑顔。
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東中野にスペースがなかったので、新宿駅南口に近いレンタル・スペースに移動。20名の方々が参加。
遠く仙台から駆けつけてくださった方もいらっしゃいました。
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ひとりずつ、自己紹介したり、上野さんに聞きたいことを話したりする中で、それぞれの「農」への多様な関心や関わり方が見えてきました。
上野さんはそれを聞きながら、みんなを肯定しながら、励ましたり具体的な助言をしたり。
あっという間の90分でした。
☆2日目、11月6日(日)のゲストは横田修一さん(イネ)
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横田修一さん(横田農場)は、僕がいちばん長期間にわたり取材させていただいた農家です。近隣でリタイアする老人たちに頼まれた農地を守るため、結果的に「大規模農家」となっていますが、百姓(小農)らしい地に足がついた人。ものすごい工夫をしていて、しかも家族やスタッフとの絆も強く、僕が映画に取り入れられたのは全撮影分の10分の1ぐらいですが、それでも圧巻です。
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田んぼの作業着以外の服を着ている横田修一さんを観るのは、僕は初めて。マスク姿も初めてでした。コロナで最初の緊急事態宣言が出た日、僕は横田農場で撮影をしていたので、そのまま互いにマスクをつけることもなく、身内のように接しつづけていただいてきたのでした。
舞台上での横田さんの話のポイントは、「父に農業の良いところだけ聞かされて育ってきた、自分も子どもたちにそのように接してきた。つらくて愚痴を言いたくなるときもあったが、ぐっとこらえた。なぜ苦しいときを乗り越えられたか…。」
横田さんは2019年の台風で収穫に大打撃を受けました―――そうした試練を踏まえながら言います。
「天気は誰にもコントロールできない、みんな同じ環境で作っていますし、抗うことはできない、自分がそれに合わせるしかない。でも、それ以外のことは、全部自分がやったことが返ってくるだけ。自分がやったことなのだから、結果を全部受け入れるしかない。良かったことは続け、ダメだったことはどうやって直そうかということを延々と続けていく。それが農業。そう考えれば、農業はそんなに苦しいことはないのかもしれない。作物はきちんと向き合えば向き合う分だけ、応えてくれる。予想外のことが起こっても、作物としっかり向き合い、結果を出そうとしてきた」
そのほか、映画では紹介しきれなかった横田農場の新たな取り組みの一端を紹介してくださいました。
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この日は大久保駅から徒歩1分の会議室。会議室を予約するのもひと苦労で、毎回違う会場へ移動…。6日(日)は、スタッフと横田さんを除き、10名が参加。
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この交流会では、農業の最前線で工夫を重ねる若い横田さんに、さまざまな質問が向けられました。
たとえば「一般には『規模が大きければ大きいほど、経営的には効率化が進む』と考えられているが、横田さんは『そんなことはない』、という。なぜ、農業ではスケールメリットがないのか」。
そうした数々の問いに、横田さんはひとつひとつ丁寧に答えてくださいました。
☆11月12日(土)のゲストは薄井勝利さん(イネ、リンゴ)
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この裸の写真は、薄井さんの健康体操のひとコマ。レジェンドとも呼ばれるぐらい稲作の技術向上で有名な薄井さんにとっては、人間も、作物も、区別がなく―――――必要なときに、必要な栄養分を得ることで、命を最大限に輝かすようにする…。
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「福島・須賀川の自宅を朝5時に出て、自ら運転―――高速を走ってきた」と、まず壇上で語り、お客さんたちを驚かせた薄井勝利さん(昭和12年生まれ、85歳)。「31歳のときに『百姓』という肩書の名刺を作り、いずれ『百姓』として消えていく定めなんだ」という前置きをした上で、まずは薄井さんなりの百姓の定義を語りました。
「『農業』と『百姓』の違いは、農業は利益のための『業』で『余剰利益』が目的だが、百姓は次の年の『再生産』のために今年の余剰をすべて使っていく」
薄井さんは、さらに痛快に話を展開していきます。
「何よりも大事なのは自然を観察すること。農水省の言ったマニュアル通りにやると必ず失敗する。私はイネやリンゴを強く健康に育てることに力を注いできた。害虫が寄ってきても、茎や葉が丈夫なので、食べようとしても無理だと虫たちが去っていくぐらい強いイネを育てる。東日本大震災の原発事故でそれまで築いた顧客が9割いなくなってしまったが、乗り越えてきた。原動力はやはり作物を育てる喜びだ」
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若いお客さまも多かった。
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交流会では、薄井さんの健康の秘訣や、作物への取り組みの話に、みんな興味津々。植物の身体をつくるための成長と実らせるための成長の違い、有機物は土を作るのには有効だが植物そのものはミネラルを適切な時期に与えることで成長がまったく変わる、光合成の重要性、そして太陽への感謝…。
また「中途半端な気持ちで農業を始めるのはやめた方がいい。農業をやっていると、必ず思い通りにいかずに苦労をする事態に直面する。そこから逃げ出さず、工夫を重ねることでしか、百姓は続けられない。百姓になるっていうのは、百のことができないとならないんだ、たいへんだよ。乗りこえたときの喜びは大きいが、多くの若い人たちが途中でやめてしまうのが残念だ」
薄井さんの作物への愛情あふれる話がつぎつぎと飛び出し、みなくぎ付けになった90分でした。
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この日以来、僕の事務所に「薄井さんがイネやリンゴに与えているミネラルは何でしょうか」という問合せの電話が相次いでいます。しかし、それは植物の生育段階に応じて微妙に変えながら散布していく繊細なもの。「知の体系」というべき膨大な工程で、農文協『現代農業』のバックナンバー等をたどっていくと理解できます。
詳しいお問合せは、農山漁村文化協会まで!
ルーラル電子図書館に入会し、「薄井勝利」で検索することをお勧めします。
☆11月13日(日)のゲストは遠藤春奈さん(コンニャク)
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この映画のナレーションは、3人の女性農家と、監督である僕が担当しています。農水省の農業女子PJに呼びかけ、52人の応募者のなかからオーディションで選ばせていただきました。
大学時代にボーカルをやっていた遠藤さんは抜群の声の表現力でした。子どもができたことをきっかけに、2005年、夫とともに群馬県に新規就農し、今ではコンニャクをアメリカのスーパーマーケットで販売するまでになっています。
オーディションの詳細は
映画『百姓の百の声』制作秘話③ナレーションは3人の「農業女子」 - 現代農業WEB (nbkbooks.com)
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たまたま客席にいた小さな女の子と目が合い、緊張がほぐれたと言う。
群馬県沼田市から新幹線でかけつけてくれた遠藤春奈さん。新規就農して17年。そのきっかけを語ってくれました。
「妊娠したとき、夫が『自然の豊かなところで子育てしたい』と言いだし、夫のふるさと沼田市に帰った。偶然、コンニャク農家をやめる老人が近所にいて、その畑を譲ってもらいコンニャク栽培を始めた。その人がキャベツ畑だったらキャベツ栽培をしていたかもしれない(笑)
最初の2年はビギナーズラックで豊作だったが、3年目から畑に病気が蔓延し、収穫が激減。しかし畑を譲ってくれた老人も亡くなってしまい、どうしたら改善するか、夫婦で懸命に努力してきた。苦しさを乗りこえられた原動力は、作物ができたときの喜び。その喜びは何にも代えがたい」
薄井さんや横田さんと同じく、苦しさ以上に歓びがあることが支えになっていると語ります。
就農後、ご主人と一緒に畑作業をしていた春奈さんの転機は7年前でした。
「コンニャクの加工を始めたのは7年前。もともと夫の叔父がコンニャク加工工場を経営していて、その叔父のコンニャクを食べたとき、衝撃的においしかった。市販の『長持ちさせるコンニャク』とまったく違う触感と香り。その感動があったから、コンニャク栽培にも精を傾けられたのかもしれないけれど、7年前に叔父から工房を引き継ぎ、それをさらに発展させた」
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午後の交流会に集まったのは若い人ばかり。兵庫県の山中の農村で育ち、出版社に就職したばかりの人、月に一度は自然栽培の畑を手伝いに行くという人、僕の映画をずっと観てきてくれたという方々。
写真ではわかりにくいのですが、コンニャク芋を中心に置いての対話。コンニャクの不思議から始まり、遠藤さんの新規就農者ならではの苦労と喜びへと展開していきました。
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楽しく発展する対話のなかで、遠藤さんがいちばん伝えたかったことは、「百姓へのリスペクトが今の日本ではほとんどなくなっていることへの危機感」だったと思います。沼田市の農家の子どもたちの中には「農家の子だ」と言えず、隠したまま学校に通っている子も多いと遠藤さんは言います。
「一方、アメリカに行くと『 I am a farmer(私は農家よ)』と言うと、すごく尊敬される。『何を栽培しているの?』とみんな興味深々で聞いてくれる。結局は、教育の問題だと思う、日本の学校で、農家の尊厳をもっと教えてほしい」。
さらに、報道への疑問も。
「テレビで、『こっちのスーパーに行くと野菜が1円でも安くなっています』みたいな報道をするでしょう? あれがいちばん嫌。あの野菜や果物を作っている向こうに農家がいる、『百姓の百の声』の人たちと同じように、一所懸命工夫をしながらあの農産物を作っているということを、少しでも想像してほしい。想像力があれば、あんな報道の仕方はしないはずだ。日本では、今ほど農家へのリスペクトが失われた時代はないと思う」
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4回の交流会で、メディアに就職したばかりの女性2人に出会いました。
ひとりはNHKの1年生、もうひとりは児童書出版社の1年生。どちらも「農」にまつわる番組や児童書を作っていきたいと言います。また日中韓の農家のネットワークを築いていきたいとうい中国からの若い留学生にも出会いました。
「農」にまつわる企画は、放送局や一般の出版社で通すのはとても難しいのですが、取材を深めていけばきっと叶います。「百姓国」と消費者をつなぐチャンネルがもっともっと増えてくるよう、僕もがんばっていきたいと改めて思いました。
映画『百姓の百の声』
公式ホームページは
☆予告編(1分50秒)
☆予告編(8分)