哲学ファンタジー 大いなる夜の物語 謎その8
謎その8 オリオンの背中、どうすれば見られる?
医者は、穏やかな声で、話を聞かせてくれた。
「さきほども言いましたが、この街は、夜空がすぐ近くにあります。
ある夜、オリオンが、私に相談をもちかけてきたことがありました。そう、あのオリオン座のオリオンです。ずいぶん年齢を重ねたので、健康診断をしてほしいと言うのです。
『何を弱気なことをおっしゃいますか、オリオンさん。あなたはいつも変わらず、雄々しい姿でいらっしゃるではありませんか』
私はそう言いました。
ところがオリオンによれば、体の外側は問題ないが、体の内側が心配だということでした。
なかでもとくに、背骨の心配をしていました。毎夜、天を駆ける体です。背骨への負担で、腰痛が始まったりすれば、引退せざるをえなくなるかもしれない。そんな心配を話してくれました。
『なるほど。では、背中を見せていただきましょう』
そう言ってはみたものの、はて、どうしたものだろう。一体どうすれば、オリオンの背中を見ることができるでしょうか。
思案の末、私は思い切って、オリオンのうしろに回りこんでみることにしました。そうすれば、オリオンの背中の骨格がわかると考えたのです。
ただ、オリオンのうしろに回りこむといっても、単純にはいきません。
オリオンの首、肩、腰、足。それらはどれも、地上からは同じだけ離れているように見えます。ですが、実際には、彼の体の部分はそれぞれ、地上からてんでバラバラな距離に離れているのです。たしかにこれでは、疲労が蓄積しかねません。
とにかくオリオンの向こう側に回ってみようと、私はオリオンの500光年ほどうしろまで行きました。
そこから撮った写真が、これです。
とても意外でした。写っているのは、オリオンの右肩と、左肩、それから腰の一部だけです。
オリオンの背中をちゃんと見るには、もっとうしろへ下がらなければいけなかったのです。 つまりそれだけ、オリオンの体の部分は、地上からバラバラなところに離れてあるということです。
そこで私は、さらに5倍もうしろに下がりました。 オリオンのうしろ、2500光年まで下がり、そこでシャッターを切ったのです。
そうして撮れた写真が、これです。
『オリオンさん、ベルトの片端が落ちていますね。診察のために外してくださったのですか。さてと、見たところ、右肩の骨格が発達していますが、背筋はまっすぐで、背骨はいたって健康に見えます。首の骨がだいぶ伸びているようですが、問題はないでしょう』
オリオンは満足そうでした。とくに、首の骨が長くなったのは、自分が猟師で、いつも獲物を探しているからだと言って、うれしそうでした。
きっと今夜も、雄々しく天を駆けていくことでしょう」
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