世間と数学教員の考える「数学力」の違い
数学の教員をしていると、共通テストの数学に対する批判を見聞きすることがよくあります。
昨年度の共通テストは難度的に平均点が40点を下回る数学ⅠAということで、確かに批判を受けても仕方のないものでした。
しかし、そうした難度や平均点といった試験作成上のミスではなく、試験農方向性によるもの、すなわち内容や方針に関する批判が多いのも事実です。
試行テストのときからの批判
共通テストのような全国的に行われる試験の場合、試行テストというものが全国の学校で社会実験として実施されます。
その点数や結果をもとに実際の試験の内容を変更したり、分量を増減させたりすることになります。
今回のセンター試験から共通テストになるにあたって、数学教員から批判が多かった(そして現在の共通テストにおいても同様の批判がある)のが、試験内容そのものについてです。
具体的には、統計内容が増加し、数学的な訓練を積ませることを主眼にしていないことや、文章量が大幅に増加し数学の問題にとりかかる前に文章読解能力を問われる部分などです。
しかし、そうした数学関係者の批判を文科省や大学入試センターは意に介さずに試行テスト通りの試験を実施するに至りました。
数学教員の考える「数学力」と世間の求める「数学力」の違い
数学教員や数学関係者が強い批判をしていたにも関わらず一切無視して試行テストの方針を貫いたということは、おそらく数学教員の考える「数学力」と世間の人々が求める「数学力」には隔たりがあるということではないでしょうか。
以下のYahooの記事を紹介します。
ここでは、ビジネスの場での数学力が問われるのだ、という論調で数学力の重要性について書かれています。
この記事から分かることがあります。それは世間が考える従来の「数学力」と、ビジネスにおいて求められるという新しい「数学力」と、教員の考える「数学力」の3つすべてが異なるということです。
世間の考える従来の「数学力」
これは公式を暗記し、代入して計算する力です。数学が苦手な人の多くがこれを信じて不毛な公式暗記に挑みます。
しかし、高校の場合公式暗記では使いどころが明確に定まっていないため計算までたどり着けません。
その結果、数学→解けない→分からない→苦手、というサイクルが完成しています。
ビジネスにおいて求められるという新しい「数学力」
これはいわゆる「ざっくり」理解する能力のことです。
分析手法や計算過程そのものの考え方の俯瞰した理解感とも言えます。
個別の計算や考え方よりも、解答を読んで解釈する力です。
教員の考える「数学力」
教員の考える数学力は「ざっくり」とした理解ではなく、きちんと論理を積み上げて論証する能力です。
当然、その過程できっちりと計算をすることや、細かい前提が成立すること、論理が破綻していないことなどの丁寧さを求めています。
大学入試の記述試験もこの方針で作られています。
共通テスト批判の的外れ感
数学関係者による共通テスト批判に関して、私はピントのずれたような違和感を抱いていました。
批判に対して、共通テストのコンセプト自体がずれた、的外れな印象を受けていたのです。
その原因こそが上記の「数学力」の認識の違いではないでしょうか。
大学入試センターは「課題解決力」の一環としてビジネスにおいて求められる「数学力」を試したいし、高校生にそれを伸ばしてほしいという意識を持っている。
方や、教員や数学関係者はトラディショナルな、教員の求める「数学力」を測る試験が正しい形だと認識している。
このあたりの食い違いが、なんとも会話が嚙み合わない漫才ネタののように見えています。
私自身はどちらかというと、解答を試行錯誤して作ったり論証したりするよりも、解答を読んだり解釈をする方が得意なために共通テストの方針に悪感情を抱いていません。
しかし、それは数学の教員の中では少数派のようです。数学を専攻する人と話をするたびにそのことを感じる今日このごろです。