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機能不全家庭に産まれて

両親は飲酒有りの飲食店を経営していた
昭和時代の大衆食堂
油の臭い、タバコの煙で曇った食堂内
テレビからは相撲か野球中継が流れ
調理人がフライパンを金属の器具で煽る中、男の人達の重なりあう笑い声
「こっちビール追加で!」食器が当たる音
お店の広さは20畳位でテーブル席のみ
テーブルは7つ位あって、どこか空いてる席でいつもお絵描きしている大人しい女の子が私

両親の性格


父親 気が弱く穏やかで優しい性格 お客様は神様が口ぐせ
酒に酔った客に私が胸を触られてもヘラヘラ笑っていた人

母親 元お嬢様 米屋の娘で使用人が複数人居る環境で育つ ヒステリック 気分屋  プライドが高く人を見下す発言が多い
自己中 気が強く感情的かつ攻撃的
地位の高い人に媚び、下層階級と判断するととたんに非情になる 悪口大好き
長兄→次男私の悪口 次男→長兄私の悪口
私→長男次男の悪口 
(飲食店なので口コミ評価で現在も態度最悪とか書かれる事あり笑)
話好き 口が軽い 陽気 すぐ奢る 金遣い荒い

幼少期

年子で3人兄弟
長男、次男、私は末子で長女
兄達は保育園に行き、私は4歳まで自宅で過ごし、5歳から保育園に通園。

0歳〜4歳までの私
両親は地元企業の弁当の仕出しもしていて
午前は弁当作りと配達 
昼食休憩を挟み午後4時頃から仕込
夜は17時〜20時まで営業

歩けない時期は父親がずっと私を背負い仕事をしていたとのこと。
3〜5歳午前中私は厨房内をチョロチョロしたり店の前の空地で虫を捕まえたりして遊ぶ。
お弁当が完成すると5〜6カ所の企業を配達で回る。私は配達の時間を特に楽しみにしていた。父親が運転し私は助手席。
その頃の父親は優しかった。
私が花を見つけると車を停めて2人で眺めたり。あまり記憶は無いけれど、父親が飲酒してなかったから0〜5歳の5年間が両親と過ごした人生で1番穏やかで幸せな時期だったと思う。

母親の愛情カースト

母親は基本男子を、父親は女子を可愛がった
そして母親の絶対的な寵愛対象は長男。
3人で帰宅すると
「おかえり!何して遊んだのけんちゃん?」
おかえりは3人に言ってくれたけど話したいのは長男だ。
私が1人で帰宅すると「おかえり」のみだから「ねぇねぇ~今日ね」うざ絡みwww
「うんうん。はいはい。」母は空返事。
私「それでAちゃんが」
母「え?Aちゃん?」
話が嚙み合わないから私の話の内容なんて何も聞いてないと気がついた。だから次第に話さなくなったんだと思う。母親にもあまり話しかけられた記憶は無いし。母いわく、手がかからない大人しい子。私が見なくても大丈夫!本当に楽な子ってよく言ってた。

小学生 突然酒乱になった父親

小学1年生。あの夜が全ての始りの記憶
3人+母親と就寝中に聞いた事のない物音で目が覚めた。
襖の前に何故か大きなタンスが移動していて左右に揺れていた。襖の隙間から漏れた光が寝室を照らす。「いいから寝て!」
怒った声で母が私の頭に布団をかけるとそのまま私は眠りに落ちた。
気が付くと父親が毎晩飲酒をしては寝ている母親を起こし暴言暴力を振るう日が日常になっていた。
就寝前に父親が寝室に入って来ない様に、母親と兄2人で大きなタンスを襖の前に移動させるのが日課だった。
母親は恐ろしい程気性が荒い人だったため父親の暴言にいちいちヒステリックに反抗し、勝てもしないのに手を挙げた。結果逆上した父親が暴力を振るうという流れ。
取っ組み合いのケンカもよく2人でしていた。母親が反抗せずに話を聞いてたらまた少し違ったのかなと思う。

父親は執拗にタンスを動かし怒鳴り声をあげながら寝室に入ってくる。
「何なの?ちょっと辞めてよ!」と泣き叫ぶ母親に馬乗になり平手打ちして「馬鹿女めが俺をなめるな!」と叫ぶ父親。
最初は母親だけに暴力をしていたが、いつの間にか子供達にも同様に手を挙げる様になっていく。
血走ったすわった目で怒鳴り声をあげながら
「起きろ!てめえ仕事のしの字を知ってるのか?」
私の胸ぐらを掴み、平手打ち。
こうなると手がつけられない。
食堂の3階に鍵付きの物置き部屋があり、ランドセルを背負い4人で物置き部屋で一夜を過ごす。私達が居なくなるとまた飲酒し朝方眠りにつく父親。父親が眠る隙に朝食を食べ学校に行く。
この日を境にこの生活が数年間続く事になる。夜になるのが嫌だった。しっかり眠れる日は週3日位だった。

今思う事

父親は小心者で気が弱かった。気性が荒くきつい母親はいつも仕事中父親が何か失敗すると責めて馬鹿にしていた。
父親はそんな母親に言い返せず、酒に溺れ酒の力を借りて仕返ししてたんだと思う。
暴れた日の翌日、母親はしらふになった父親を何時間も責めたてた。罵倒し、仕事中父親の指示を無視。そしてまた父親は飲酒。地獄の無限ループ…
子供から見ると父親が何故母親に暴力を振るうのか理解できなかった。
母親は父親の愚痴を毎晩子供に話す様になる。結果、本気で父親は敵と思い込み、嫌い怯え近づかず話かけもしなくなった。
家族から孤立した父親は母親も懐かない子供達も憎くなったんだと思う。
そんな家庭環境だから、ろくに睡眠も取れない日が続いたり、朝家に入れなかったりで私の成績は悪く、忘れ物も酷く多い子供だった。



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