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【小説】『さみしがりやの星たちに』第2話

「星って、どんなふうに見えるの?」
 これは沙耶があたしに初めて話しかけてくれた言葉だ。まだ他の人が自己紹介をしているなか、隣にいた沙耶はひそひそと聞いてきた。あたしは話しかけてくれたことに嬉しくてどぎまぎしながら、沙耶のまねをして声を小さくした。
「あたしは、踊ってるように見えたこと、あるよ」
 こんなこと言ったら、変に思われるよ。
 言ったあとで、瞬時にそう思った。それか、自慢してるって思われるかもしれない。あたしはいつもそうなのだ。言ってしまったあとに、自分の間違いを犯す危険性に気づいてしまう。でも、あたしは頑張って沙耶の瞳を見続けた。ここで自分の内側に逃げ込んだら、去年と何も変わらない。また、くすぶっていなきゃならない。だから自分を恥ずかしく思わないようにじっと沙耶を見ながら返事を待っていた。
「踊る、かぁ……」
 沙耶は息と言葉を一緒に吐き出すようなしゃべり方をした。それから黒板を見て、窓をチラッと見てあたしの目を見た。
「それ、すっごいステキな言い方だね。わたしも星の踊り見てみたくなった」
 沙耶がにこっと満面の笑みであたしに笑いかける。涙が出そうになるくらい嬉しかったことと、沙耶の耳がほんのりと赤く染まっていたこと、あたしは今でもはっきりと覚えている。
 自分の部屋に続く階段を上りながら、のぼせた頭に昨日のことのように沙耶との出会いがはっきりと浮かび上がった。一人、ふふっと笑ってしまう。 
 あたしが言い始めた、夏休み天体観測大計画ははっきり言って実現不可能だと思った。だって、星が出るのは夜なのだ。学校は夜になったら校門に鍵はかけられるし、学校の窓だって全て鍵がかかってしまうだろう。屋上に行くまでにどれだけの危険を冒すかわからない。だが……。
「さすが、沙耶だよねえ」
 お風呂上りの髪をバスタオルで乱暴に拭きながら、あたしは自分の部屋へと階段を上る。午後の授業を思い出すと、自然と顔がにやけてくる。午後の授業は一秒もきちんと先生の話を聞いていなかった。そんなことよりも、机の下でケータイを握っている手が忙しくてしょうがなかったのだ。あたしと沙耶はひたすらメールでその計画を実行するための作戦を練っていた。あたしが無理だと思っていたこの計画を、沙耶はあっさり実現可能なものへと変えてしまった。
 まず、実行日は終業式の日に決まった。これはもし忍び込んでいるのが見つかっても、忘れ物を取りに来たと言い訳しやすいからだ。それから、学校の正門はさすがに高くて超えられないけど、裏門なら背丈が低いからやろうと思えば乗り越えられるということがわかった。これで、学校には忍び込めるというわけだ。そして、肝心の校舎内への忍びこみ方。これは、学校のある日に普段は鍵がかかっている一階の体育館倉庫の方の校舎の窓の鍵を開けておく、ということで話が付いた。そこはいつ、どんなときも締まっている。先生たちも、いつも締まっている窓をわざわざ見に来ないだろう。
 ベッドのスプリングがわざと軋むように勢いよく体をうずめる。柔らかくて、今日洗ったばかりのシーツはいつもよりいい匂いがする。くすくすと喉元に笑いがこみ上げるへんてこな状態で、あたしは仰向けになった。あたしの部屋の天井には星型の蛍光シールが張られ、壁にはお母さんが買ってくれた綺麗な冥王星のポスターが張ってある。家族そろって星が大好きなのだ。小さい頃は、何度プラネタリウムに連れて行かれたかわからない。あたしが星を好きなのも、もちろん家族の影響が大きい。髪も乾かさないまましばらくじっと仰向けで星のシールを眺める。暗闇で光るこのシールに去年は何度助けられただろう。
 元々、そんなに積極的で外交的な性格というわけではなかった。だけど、人並みに明るかったし、それなりに仲が良い友達グループはいた。その子たちはあたしが星好きであることを知っていた。
 だけど、中学生になるとその環境はガラリと変わった。仲良しグループとは誰一人同じクラスにならなかった。おまけに自己紹介のときに話したのは名前とどこの小学校の出身かだけだ。みんなの記憶にあたしの名前が残るはずもなく、さらにあたしも自分から率先して誰にも話しかけなかったせいで、気がついたらどのグループにも属していなかった。
 いじめられていたわけじゃない。どの子もあたしが話しかければ笑顔で返事をしたし、必要なときは気軽に話しかけてくれた。だけど、それだけ。必要となれば、の話であって、あたしは、誰にも必要とされていなかった。
 あたしはじっとシールを見つめる。眠るときになって、ベッドに横たわるたびに明日の教室にいる自分を想像し、絶望的になった。星には星座がある。みんなそれぞれ様々な色に光りながら自分を主張して、仲間と一緒に星座というグループに所属する。だけど、去年のあたしにはそれがなかった。どこにも所属できず、ただ光っているだけの星。どの星座にも入れてもらえず、そのうち存在が周囲に忘れられてしまうのではないかという不安。それから、たった一人ぼっちなのに光っていると、いつか誰かに目をつけられるのではないかという恐怖。
 あたし、光っていていいのかな。もっと地味にしてないと、何だか浮きそう。だけど、光っていないとあたしはきっといてもいなくても変わらなくなってしまう。それは、絶対に嫌だ。ああ、でも、冷ややかな目線で、「何あの子。一人なのによく光ってられるよね」と、いつか誰かに言われるかもしれない……。
 自分の中に矛盾を抱えて、あがき続けた一年だった。春が終わり、夏も過ぎ、冬も乗り越えた頃にはあたしは部屋の天井のシールを見るたびにこう思うようになった。
 明日も頑張って、この星みたいにぼんやりと光っていよう。光らなくなって消えることだけは、ダメだ。もうすぐ、一年が終わる。それまでの辛抱だ。春になったら、今までを取り戻す勢いでキラキラに光るんだから。
 そして、今、あたしの横には沙耶がいる。席が近かったことと、あたしの自己紹介のインパクトの強さで話すようになり、今に至る。
 清潔な真っ白のシーツの上でごろりと寝返りを打った。去年何もできなかった分、今年は世界中の誰よりも楽しんで、光ってみせる。去年は苦行だったと思えばいい。今年のための苦行だったと。沙耶が隣にいる今年のあたしは、きっと誰よりも楽しいことができる。
 そう、信じていたし、そうとしか考えられなかった。

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