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【短編小説】檻の中の楽園〜第2話 偉大な英雄〜
子供の頃、誰もがスーパーヒーローに憧れことだろう。そして、そんな憧れが高じ、今思えば恥ずかしくなるような真似遊びをしていた。そんな経験、誰しもにあるだろう。
しかし、大人になった今、その真似遊びを振り返ると、何かしら意義を持っていたものであったようにも感じられてくる。
憧れスーパーヒーローは、格好良さの裏で、様々なものを子供たちに見せている。正義を貫き通す姿勢、諦めない姿勢、優しさを持つ姿勢、、、。子供たちには、そこまでは伝わりきれては無いかもしれない。しかし、スーパーヒーローのそんな姿も含めて真似ることで、子供たちは健全に育っていく。
つまり、健全な子どもの育成には、スーパーヒーローの存在が不可欠なのだ。
バグダードの夏は過酷だ。昼間には40℃を記録する酷暑が、人々の体力を刻一刻と奪っていく。
しかし、近年では、公共設備が整ったせいか、ある程度は緩和されてきているらしい。共和制期は、今の半分程度の発展度だったなんて話を聞くと、背筋がゾッとする思いだ。
そんなことを考えると、大統領様の功績に頭が上がらない思いである。
「先輩〜。何もこんな暑い日に警備の仕事やらなくてもいいと思いません?」
「あのなぁ。今日は大統領様の演説なんだ。しっかりしてくれよ。」
「そうは言ってもぉ、、、。」
「俺達が頑張れば、もっと過ごしやすくなるんだ。何とか頑張れ。」
「それはそうですけどぉ、、、。」
いつもの通り、暑さを愚痴るハーシムを引きずって、俺達は今月の一大事に向かっていた。
大統領様の街頭演説。これは、イラクの民衆にとって、大イベントのひとつである。
それは、実物の大統領様を近い距離で感じられる唯一の機会だからだ。
「なあお前、大統領様のこと見たことあるか?」
「何言ってんすか先輩、この国で生きてれば嫌でも目に入ってくるじゃないすか。先輩も熱中症じゃないっか?」
「いや、そうじゃなくてなあ、、、」
暑さが口腔内の水分と筋力を奪う。もはや説明し直すのも億劫になってしまう。
こいつの言う通り、大統領の御姿はこの国にいれば毎秒目にしていると言っても過言では無い。
街頭の看板、テレビや新聞、職場や家庭の中、、、生活のいたる所でその素敵な御姿を目に入れることが出来る。
だからこそ、この国の国民は、大統領様と共に育ち、生きていると言えるのだ。
「大体、生身の大統領様なんか党員のトップとか警察、軍とかのトップぐらいしか会えないんすから、野暮な質問だと思いません?」
「まぁほら、コネとか何とかあるかもしれないだろ。」
「先輩、昇進できてだいぶ舞い上がってます笑?」
「うるっさ。大統領様に近づくのは全国民の夢だろ!」
「そうなんすねぇ、」
生身の大統領様に会うことは、この国で最も難しいことの1つと言っても過言では無い。
我が国のスーパースター大統領様は常時ご多忙だ。この国を強く、豊かに、幸せにするために日夜働きまわる。
そんな御方を庶民の眼にはっきりと留めるのは、2階から目薬を刺すような、そんな不可能に近いことなのだ。
だからこそ、我々庶民は大統領様への憧れを強く持つ。強く、偉大で、英雄的な、そんな大統領様の御姿へ一歩でも、一歩でも近づきたい。
それこそが、この国で名声と安泰を手に入れるなのだ。
そんな考えを巡らせながら蜃気楼を切り開いていると、ようやく目的地へとたどり着いた。
若干遅刻気味の気まづさを上手く隠すように持ち場へと急ぐ。
こんな仕事を任させれている内は、まだ大統領様まで程遠いだろう。そんな落胆と安堵を浮かべていると、何やら厳かな音楽が聞こえてきた。
もう時期現れるのだろう、この国の偉大な英雄様が。