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ドップラー効果 【詩】

ひと言も口を聞かないで
彼女は働いた
朝も 昼も
精巧なレジスターのように

オフィスビルの5階
一本の蛍光ペンのように
遠くから
快速列車の音/光

やがて日が傾き
街並みが
薄汚れたランプに見えてくると
(お先に失礼します
とだけいい残し
電源の切れた
非常階段を降りていく

エレベーターは使わない
(使ったことがない

息をひそめて
影になって
使い古しの鉛筆の転がる
街路の隅を歩き
孤独が深まっていく
その時刻
警報機がまたたき
遮断機が降りている

(5分以上
 前へ進めないときには
 直角方向へ
 線路に沿って歩く

夕陽が見え
影が
魔法のように伸びていくとき
七色に光りながら
快速列車が過ぎる
線路わきの柵に沿って
風圧が来て
身動きのとれない感情が
塗料のようになる

(あっちこっちに飛び散る

鉄の感触が
伝わってくる
沁み入ってくる
レールがペンのように光る
冷たい焦燥感
のような鉄のにおい

(何千回も 何万回も
 そこを
 通ったはずだ
 だから
 もういいだろう

と思えるような
警笛が聞こえ
近づき
10秒間の
ドップラー効果がはじまり
光と影が
斑になっていく
彼女のかたち
その速度に比例した
風圧が動き
くりかえし 通り過ぎ
くりかえし 抹消され
くりかえし 乱暴な風
が投げやりに
胸郭に押し寄せる
もう息もできないくらいに

(高校生が
 ドロップを舐めながら
 車窓から見ていた
 通り過ぎる一瞬の景色
 かすかな異音と
 瞬時に消えていく
 かたちを

前方から近づいてくるかたちは
少女のようにも
老人のようにも
蛍光ペンのようにも見える
柵を飛び越えて
転がっている
マーカーのうえを
ドップラー効果が近づく

(わたしは 冷たい
 付箋のうえに
 転がってみたい
 仰向けになり
 血まみれの死体になったように
 その感触を味わってみたい

ぼやけていく街並み
ドップラー効果が走り過ぎる

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