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書評:ドストエフスキー『悪霊』

ドストエフスキーが「悪霊」とまで呼んだ人間性の本質とは?

今回ご紹介するのは、ロシア文学よりドストエフスキー『悪霊』。

実在の「ネチャーエフ事件」を基に、革命運動とその破壊性・無生産性が描かれた作品である。

この物語の構成も単純でなく、様々な登場人物が大小の事件を織り成し、それらが有機的に結合しながら物語のダイナミズムが形成されていく。正直難解で謎めいた雰囲気の作品だと言える。

ここでは、登場人物に着目した紹介を綴ってみたい。

主人公はニコライ・スタヴローギン。革命運動の中心はピョートル・ヴェルホーヴェンスキー。ストーリーはピョートルの父ステパン氏の挙動を追う形で進められる。

本作には、ステパン氏をはじめとする旧世代と、スタヴローギンやピョートルをはじめとする新世代の対比・対立という構造が基底にあります。しかしどちらも一枚岩ではなく、旧世代では保守派カルマジーノフ(ツルゲーネフがモデル?)と進歩派ステパン氏の対立があり、新世代では革命で旧世代に挑むピョートルと徹底したニヒリズム・相対主義で旧世代に対峙するスタヴローギンなど複数の偶像があります。

スタヴローギンはニヒリズム・相対主義の体現者。

理想も愛もなく、一切の行動基準を持たずに振る舞う。ある書評では「怪物」と畏怖され、また一方では「自己中心的な子供」とも評価される、掴み所のない人物である。

私は彼に二つの特徴を見る。

一つは「相対主義の極北」の姿だ。安直なテーゼであるが、「徹底した相対主義は相対主義の絶対化に行き着く」のである。スタヴローギンそのものではないだろうか。

※因みに余談だが、相対主義自体をも相対的に捉える立場も相対主義に含む立場もあるが、私自身はそれを相対主義から区別し、寧ろ懐疑主義に属するものと捉えている。

もう一つは所謂「スタヴローギン怪物説」への私見だ。彼は端正な出で立ち、恐れを知らない行動、極端な思想により、周囲から畏敬の目で見られて育っている。ピョートルでさえ革命の暁における偶像として彼を必要とする程だ。

しかし作品を通じて彼を見ると、果たして彼は何を成したのか。実はほぼ何もすることなく首をくくってしまうのだ。彼は周囲に自分をどう怪物らしく見せるかに汲々とする、卑小さが漂う人物とも言えるのではないか。彼の徹底した相対主義は、自分という根を持たないことを裏付ける要素となっているように思われる。

続いてピョートル。
彼は革命運動の首謀者である。異常なほどの行動力と弁舌で他を圧倒し、様々な人を貶め、数々の事件の原因となっていく。

彼の自信に満ち溢れた行動力はどこからくるのか。

普通、人は他者との交わりの中から自らを省みたり他者への配慮を醸成し、成長していくものだ。これは決して元の自信が減退するプロセスではなく、「社会の一員としての自分」に立脚した「節度ある自信」へと、質的に変化していく過程である。対してピョートルには自信における節度が一切見られないのだ。他者を一切顧みないが故に、一切の躊躇なく人を利用し、貶め、驚異的な行動力を発揮するのである。

スタヴローギンやピョートルのような新世代人は何故生まれたのか?.この作品ではステパン氏の存在がヒントになる。

ステパン氏は、旧世代に属しながら進歩的な思想を持つと自称する、滑稽なパフォーマーという特徴を持つ。ピョートルの父であり、且つかつてスタヴローギンの家庭教師を勤めた彼は、恐らく持ち前の進歩的思想をスタヴローギンやピョートルにたっぷりと振り撒いたであろうことが想像できる。

ステパン氏は、常に自身を進歩派らしく見せるような口を利きながら、遂に何一つ行動することなく死んでいく。そう、中身は空っぽなのだ。

空っぽなステパン氏からスタヴローギンもピョートルも影響された。
スタヴローギンは根なしの相対主義者。
ピョートルは他者を顧みない唯我独尊。

ここに共通して見えてくるのは、空虚で亡霊のような人間像です。革命運動をプロットとするような本作品のタイトルが『悪霊』である所以は、こうした人間性を亡霊のようなものだと看破し、亡霊どもが徘徊する世界を描いたものだからだと考える。

更に踏み込み、私の言葉で彼らの特徴を表すならば、彼らの恐ろしさは「他者への興味の無さ」であろう。虚栄も相対主義も唯我独尊も、他人に興味がないのだ。それがドストエフスキーが描いた「悪霊」という存在の本質だと私は考えている。

現代、日本でも進む個人主義の流行。「あんまり人に興味ないんだよねぇ」が自立の表れであるかのように、カッコいいとすら見られるこの時代。私は「悪霊」が徘徊する世の中を見るようで、恐ろしい。

ドストエフスキーの警句が現代に対して最も光るのはこの作品かもしれない。

読了難易度:★★★★☆
文壇等玄人への影響度:★★★☆☆
現代への警句度:★★★★☆
トータルオススメ度:★★★★★

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