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死後の世界が存在しないことの問題

みなさんおはようございます。本日は死後の世界について考えてみたいと思います。とはいっても自分は死後の世界があるのかわからないですし、証明もできません。ただ、あると思って生きています。なぜかと言うと、死後の世界がもしなかったら問題がたくさんあるからです。

その問題とは、テキトーに生きてしまうこと、悪いことをしても何とも思わないような不道徳な人間になる可能性があるということです。正直死後の世界があるかないかは問題ではありません。結局証明ができない以上、現世を精一杯そして道徳的に生きることのモチベーションを低下させてはいけないため、あると思って生きた方が自分にとっても周りにとっても良いことだと言えます。

もし死後の世界がないと証明されてしまったらどうでしょうか?そうなると唯物論に凝り固まったしまうと個人的には思います。物質が全てであり、精神について考えなくなってしまうと、それこそお金で言えば働いてお金を作るのではなく、手っ取り早く奪えばいいという話になってしまいます。さすがにそんな社会では生きたくありません。やはり死後の世界が存在し、死後に神から審判が下るといった考え方の方が個人としても社会としてもメリットがあります。

ここで考えたいのは、ではなぜ世界の多くの宗教で死後の世界が存在しているのかと言えば、その方が治安対策になるからというのも大きいでしょう。さすがに暴力で奪い合うような社会になってしまうと、それこそ社会が存続できなくなってしまいます。それを避けるためにも死後の世界といった考え方ができたと思われます。

私自身も死後の世界があってもなくても精一杯現世を生きるためにも、あると信じて生きています。輪廻があると思った方が安心もできますし。いずれにしても、他人から力づくで奪って生きるなんて生き方はしたくはありません。またそういった状況が来ないことを祈るのみです。例えば究極に飢えている状況で正確な判断ができるか、といった問題もありますから。

というわけで、死後の世界は存在の有無を証明するのではなく、あると信じて生きた方が良いということは言えそうです。

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ブルーベリー博士(家庭菜園投資家)
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