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まっちBOX Street 09 掌編小説

まっちBOX Streetという掌編について


1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時のデータがあり、そのままの形で転載します。だから古い車やタバコ吸っていたり、スマホじゃなく携帯だったりしますが、そのままお楽しみください。
73編あるのでぼちぼち公開します。


No9 約束

 暖かい春の日、幸雄は上機嫌だった。
 やっとのことで免許を取り、車までやって来たのだ。もちろん中古車だが、念願のパジェロだ。あと、卒業式をすぎれば、晴れて大学生になる。
 ただひとつめんどうな条件と言えば、『車が来たら、最初におふくろを連れてドライブすること』だった。
 お金を出してもらうのだからしょうがないし、おふくろにしてみれば、自分の息子が安全運転をするように教育するつもりなのだろうと思っていた。
 だけど、実際は梅園の中で少女のように、おふくろははしゃいでいるのだ。
「幸雄。カメラもって来たでしょ」
「あるよ」
 カメラの前でポーズを取るおふくろは、とても45には見えない。そういえば、今日、誕生日なのだ。まぁ、これも誕生祝いだと思えばいいか。幸雄はおふくろのわがままに付き合うことにした。

 梅園は湖のほとりにある。花のためのものではなく、実を取るためのものだ。それでも、木々のあいだには細い道があり、観光客が思い思いに歩き回っている。
 ときおり冷たい風が湖をわたってくる。そのたびにおふくろは首をすくめた。
 「ここが、お母さんの故郷なのよ」
 「えっ。実家は家の近くだろ」
 「引っ越したのよ。幸雄の年の頃までここの近くだったの。ここは、デートでよくきたことがあるのよ」
 「デート? 親父と?」
 くすくすとおふくろが笑った。
 「いゃあね。お父さんとは、会社で出会ったのよ」
 幸雄は不思議な気がした。自分の母が、父以外の人とデートしたことがあるというのがうまく理解できなかった。
 まぁ考えてみれば、それはちっともおかしなことではないのだけれど。
 おふくろは、鼻歌を歌いながら梅の間をのんびりと歩いていた。
 「今日は上機嫌だね」
 「息子とデートだもの。若くもなるわよ」
 おふくろは、ころころと笑って言った。

 「どう、運転にはもうなれたかしら」
 「と思うよ」
 パジェロの助手席で、おふくろが言った。
 「結構ひやひやして乗ってるのよ、これでも。車を出すときはちゃんと後ろを確認して、ウインカーを出してね」
運転のことで、おふくろが口を出したのは後にも先にもこれだけだった。
 パジェロのエンジンがぶるぶると目を覚ます。
 「で、どこに行くの」
 「向こうに見える山の上に、展望台とレストランがあるの。おなかすかない?」
 「そういえば」
  時計は12時を過ぎていた。
 「美味しいの。そこ」
 「う~ん。そうでもない。観光地の食べ物なんてどこもねぇ」
 「それじゃ、他の所へ行こうか。たしか、観光案内にこの辺りで有名な店とかのっていたとおもうし」
 「でも、久しぶりに、きれいな景色も見たいしねぇ」
 「はいはい」
 何と行っても、スポンサーなのだ。逆らわない方がいいに決まっている。

 ゆっくりと山道を登る。四駆で車体は重いのだが、パジェロはストレスなく上って行く。もちろん、ガソリンエンジンに比べれば、その重さに非力さを覚えるのかもしれないが、初めての車でわかるわけがない。
 ただ、ひらりひらりと上って行く感じはさすがにしない。しかし、そのゆっくり感が、春を存分に感じさせてくれた。山の緑の中に、風の暖かさと、甘い匂いを感じることがある。
 「そこの道を入るのよ」
 おふくろが示す脇道に入ると、広い駐車場があった。ここから、梅園も湖も一望に見渡すことができる。
 さらに高い山の上に登るリフトがあり、レストランはその下にあった。駐車場はそれほど混んではいない。
 「おっ。オペル・ヴィータ。こういうのは、かわいい女の子に似合うんだよね」
 「だったら声をかけなさい」
 おふくろがちゃかしたとたん、オペルから髪の毛の長い女の子が降りた。
 「はい、がんばんなさい」
 「だめだよ。お父さんが一緒にいるよ」
 「どれどれ」
 おふくろは、ちらりと覗いたとたん、何も言わなくなった。
 オペルの助手席からおりた男性は女の子のお父さんと言うには若く見えた。そして、ちらりとこちらを見た。その男性も、こちらを見たたま動かない。
少女がどうしたのかと、こちらを見た。
 「知り合い?」
 「うん」
 おふくろは、真っ赤な顔をしていた。

 「どうもお久しぶりでございます」
 おふくろが深々と頭を下げた。
 「お元気そうで何よりです。それよりも、よく約束を忘れないでくれました」
 男性も、深々と頭を下げる。
 「上に行きませんか」
 「ええ」
 男性がエスコートして、リフトに向かう。
 幸雄はだまってついていくおふくろを見ていた。こんな母親は、見たことがなかった。おかしい反面、なにか見てはいけないものを見たような気がした。
 いつの間にか、少女が幸雄の隣に来ていた。親が二人して先に行けば、どうしてもそうなる。少女は、大きな瞳に好奇心をたたえて幸雄を見た。
 「ねぇ、いい線いってると思わない」
 彼女がささやいた。
 「おじさんもやるよねえ。幸ちゃんにちくっちゃおうかな」
 彼女はくすくす笑っている。
 「あっ、幸ちゃんはおじさんの奥さんね」
 「おじさんなのか」
 「そう。あなたは、おばさんでしょ」
 「いや。おふくろ」
 「うそぉ」
リフトに二人が乗り込んだ。幸雄は続けて乗り込もうとしたが、女の子に袖を引っ張られた。
 「何か食べよ。おじゃま だしさぁ」

 「毎年、ここへくるのよ。それで夕暮れまでぼんやりいるの。それから帰る。あたしは退屈なんだけど、おこづかいくれるし、毎年付き合ってるの」
 「ふうん。どういう関係なんだろ」
 「なんだ、何も知らないんだ」
 彼女は幸雄がおごったアイスクリームをなめた。
 「昔の恋人同士なのよ、あの二人。よくあるお涙頂戴を、自分で演じちゃってるわけ。なにか理由があって別れたんでしょうけど、別れてから5年後にここで会う約束をしたんだって」
 「えっ。だって毎年ここに来てるって」
 「だから、本当はいいかげんなのよ。今年が5年目かなぁって、毎年考えてるのよ」
 「なんだそりゃ」
 二人はくすくす笑った。
 「でもね、分かるような気がする。きっといつまでもドキドキしていたいんだと思うんだ。自分が小説かなにかの主人公でいたいのよ」
 おふくろもそうなのだろうか。幸雄はそう思った。そんなふうには見えないのだけど。
 「でも、あなたのお母さん、来たのは初めてのはずよ。何かあったんじゃないの」
 「さあ」
 考えてみても何かあったとは思えなかった。大学受験の時は幸雄よりぴりぴりしていたかも知れないが、本来のんきな性格のはずだ。
父親の姿をふと思い出した。仕事ばかりで、意外とぶきっちょの父。 けんかをしたとしても黙るだけの不器用な父。
 「それじゃ、また」
 おふくろの声に幸雄は振りかえった。
 「ああどうも。またお会いしましょう」
 昔の彼も何だかぎこちなかった。そりゃそうかも知れない。出会うとは思っていなかったのだから。

 「参ったわよ。まさか、あんな昔の約束を覚えているなんて」
 帰りの車の中でおふくろはぼやいていた。
 「ふうん。まんざらでもなかったんじゃないの」
 「そりぁちょっとはどきどきしたけど。あたしには、こんなかわいい息子がいるんだもの。恋愛ごっこに付き合っている暇はありませんわよ」
おふくろはコロコロ笑った。そういえば、あの男の人も姪を連れて来たのは、そのためなのだろうか。
 「実は知ってて来たんじゃないの」
 「まさか。それなら来るもんですか。夢は夢のままの方が好いときもあるんだから」
 「へえ。言うじゃない」
 「たまにはね」
 そう言いながらおふくろは、遠いふるさとの梅の花をぼんやりと眺めていた。


No9 約束 1996年3月


うちの母親にはこんなロマンスはありません。念のため。
歳をとるっていいますが、賢くなるわけではなく多感な頃そのままに歳を重ねるだけなんですよ。私はいつまでたっても子供ですけどね。
私の知り合いには、もっと小説ぽいロマンスをお持ちの方がいますが、ないしょです。


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