11月10日 種市駅(岩手県)~穏やかな朝~
11月9日夜、新宿。旅は始まる。
前日は皆既食と惑星食の同時発生で各地で盛り上がりを見せた。今夜の空はと、バスの窓を眺めるが、まもなく仕事疲れの深い眠りに落ち、気づくと八戸であった。
駅前に真っ赤に色づいた もみじの樹があり、その鮮やかさにしばし足を止めるが、町は至って日常の平日の朝。行き交う学生と勤め人に混じり、急かされるように列車に乗り込む。
八戸線は太平洋沿いに青森県八戸から岩手県久慈を結ぶ。このうち海がよく臨める、鮫、種差、階上、種市の駅が98年前の大正13年11月10日に開業しており、今も駅員のいる鮫と種市が今回の目的地だ。
私の乗った列車は鮫行きで、鮫駅を訪問し、次の列車でその先の種市駅へと向かうことにしていた。ところが列車が遅れ、鮫駅に降りたつ時間が失われた私は、予定変更を余儀なくされた。先を急ぐわけでもないし後で来よう。
太平洋の海原に迫り出すように列車は走る。晩秋の海をバックに紅葉という贅沢な車窓が映し出され、私は窓に張りついていたが、反対側の女子高生2人は、バイト先の先輩の恋愛話に花が咲き、男子高校生たちはスマホゲームに夢中だ。通い慣れた道であり、日常の朝なのだろう。ゆったりとした朝の時間だ。
8時18分、列車の遅れはなくなり、種市駅に到着。私以外に2人が挨拶を交わしながら定期券で足早に改札を抜けていった。
小柄な男性駅員さんは、人当たりの良さそうな優しい顔で、開業記念日に来たと伝えると、微笑みを浮かべ「小さな駅ですが、遠くからお越し頂いて、収益に協力頂いてありがとうございます」と言葉を頂いた。そして
きっぷを発券し終わると、コートを着てトイレ掃除へと向かっていた。全て一人でこなすのだという。
駅の旅では駅員さんとの出会いがあり、そこにはドラマが生まれる。私が旅をする好きな理由のひとつかもしれない。来て良かったと思う。
駅から少し歩き、帰りの列車までの間、海を眺めてみる。白波が立ち、岸壁にはウミネコが2羽向かい合っていて、ずっと動かない。それを見守る私。波音だけがざわめく静かな朝であった。