日本の神話入門【後編】
この後編の記事では、日本国が建国される由来を伝える神話を考察していきます。神話はあくまで神話であって歴史的事実とは異なります。ですが、それを神話として構想することには思想史上重要な意義がありました。中国の世界観では世界の中心に天子である皇帝がいます。皇帝は天命を享けて天下を統治します。海を隔てた列島の日本人は中国の皇帝中心の中華思想とは異なる別の世界観を神話によって形作ることにしたのです。
日本神話の概要は前編をご覧下さい。
1,地上国家誕生の物語
高天原を追放されたスサノヲは出雲の地に降り、ヤマタノヲロチの生贄にされようとしていたクシイナダヒメに出会います。彼はヲロチを退治して彼女を救い、ヲロチを斬り倒したときにその尾の中から草薙の剣が現れ、これをアマテラスに和解と服属の象徴として献上します。これが八尺勾玉、八咫鏡とともにいわゆる「三種の神器」の原型となります。
結婚したスサノヲとクシイナダヒメとの子孫として次の物語の主人公であるオホナムチ(のちのオホクニヌシ)が誕生します。
2,因幡の白兎のおはなし
スサノヲの子孫で兄弟の八十神(やそかみ:八十は実数ではなく大勢の意)から虐待されていたオホナムチは稲羽のヤカミヒメに求婚するための兄神の旅に荷物運搬役として随行します。しかし素兎(しろうさぎ:兎神)を救ったことにより、兎神からヤカミヒメとの結婚が予言され、二人は結ばれます。
ここで嫉妬した八十神はオホナムチを罠にはめて彼を謀殺するのですが、泣き悲しんだ母神がカミムスヒにオホナムチの復活を懇願すると、女神二柱(日本の神はひと柱、ふた柱と数えます)を遣わして「母の乳汁(おものちしる)」によって彼を蘇生させます。ですが八十神はまたしてもオホナムチを抹殺しようとし、結局オホナムチはオオヤビコノカミの導きによってスサノヲが支配する根の堅州国に逃れることになります。
3,オホナムチは試練を経てオホクニヌシに
スサノヲはオホナムチに蛇の室の試練、ムカデと蜂の室の試練、火攻めの試練を与えますが、いずれもスサノヲの娘のスセリビメや野ねずみの助力によってこれを乗り越えます。最後の八田間の大室の試練の際に、オホナムチはスサノヲの隙をついてスセリビメと生太刀、生弓矢、天詔琴を背負って根の国から逃れ出でます。
黄泉平坂まで逃れ出たオホナムチは追ってきたスサノヲに「大国主」となるように言い渡され、天津神の「ことよさし」にもとづく地上の国作りを継承するのでした。
このようにしてオホクニヌシとなったオホナムチは海の彼方からやってきたスクナビコナノカミと、大和の地霊たるオホモノヌシの助力によって国作りを完成させたのでした。
4,国譲り神話
一方、アマテラスは地上の国土は自らの子孫が統治しなければならないと宣言し、タケミカズチを派遣します。ここではさまざまな抵抗がなされたのですが、結局オホクニヌシは天つ神の御子に地上の統治を譲渡することを受け入れ、国を譲ったオホクニヌシは現在の出雲大社に鎮祭されることになります。
5,天孫降臨
さて、アマテラスの孫にあたるニニギノミコトが地上国家に天降ることになり、アマテラスはニニギノミコトに後のいわゆる「三種の神器」にあたる祭器類を授け、かつて天石屋戸の祭りで役割分担をした五伴緒(いつのとものを)の神々をともなって南九州の高千穂の岳に天降ります。このいわゆる「三種の神器」は、アマテラスの正統を継承していることを示すものとして観念され、八咫鏡は伊勢と皇居の賢所に祀られ、草薙の剣は熱田神宮に祀られ、八尺瓊勾玉は皇居の剣璽の間に奉安されている、とされています。
6,海幸山幸のおはなし
ニニギノミコトはオホヤマツミ(山の神)の娘であるコノハナノサクヤビメと結婚し、ホデリノミコト(海幸彦)とホヲリノミコト(山幸彦)とを生みます。
釣りがしたくなった弟のホヲリノミコトは兄ホデリノミコトに借りた釣り針を紛失してしまいます。そこでワタツミ(海の神)の宮に行き、そこでオホワタツミノカミの娘であるトヨタマビメノミコトと結婚し、ウガヤフキアヘズノミコトが誕生します。ウガヤフキアヘズノミコトは、おばであるタマヨリビメノミコトと結婚をして、カムヤマトイハレビコ(のちの神武天皇)を生むのでした。
7,日本国の建国神話
カムヤマトイハレビコは日の大神の血統に加えて、山の神と海の神の霊力をそれぞれ受け継いでいます。そのカムヤマトイハレビコは日向の地から大和へと東征し、その過程でナガスネビコと交戦して兄のイツセノミコトを失います。さらに熊野の地で神の霊力によって全滅寸前に陥るのですが、ここでタカクラジがもたらした天の霊剣(この剣は石上神宮の神として観念されています)によって復活し、八咫烏(ヤタカラス)の導きによって大和に出てナガスネビコを破り、ニギハヤヒノミコトの帰順を得て大和を平定し、初代神武天皇として即位するのでした。
このようにして天つ神の御子が「ことよさし」に基づいて地上国家を治めるまつりごとを開始するのでした。
8,神話と現在の日本
これまで述べてきた「国つくり」の事業は現在も継続している、と宗教的には考えられています。現代の日本国憲法にあっては、主権は国民にありますが、今上天皇は126代目の天皇として日本国の「国民統合の象徴」としてその使命を継承なさっています。
【参考文献】
・西宮一民『古事記 修訂版』おうふう、平成十二年十一月二十日
執筆者プロフィール:
筆名は枯野屋(からのや)。某大学大学院文学研究科博士課程後期に在籍中。日本思想史を専攻。noteにてオンライン読書会の国文・日本思想史系研究会「枯野屋塾」を主催しています。( https://note.com/philology_japan )。
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