産婆術のコツ

若い研究者向けに「創造的な研究をするには?」というテーマで講演。すると会場から「産婆術をうまくやるコツは?」と質問された。
産婆術とは、ソクラテスが得意とした技。ソクラテスはおじいちゃんだったけど若者たちから人気で、常に若者たちに取り囲まれていた。その理由は産婆術にある。

ソクラテスは若者に説教しようとせず、質問した。「ほう、それはどういうことかね?」「いまの話をこれと結びつけて考えるとどうなるだろう?」と、若者に問いかけた。若者はウンウン考えて答えた。すると、自分ひとりでは思いつきもしなかったようなアイディアが自分の口から飛び出てきて、ビックリ。

ソクラテスのそばにいると、まるで自分が賢くなったような、知恵者になったような気分で快感。それで若者たちはソクラテスのそばにいたがったらしい。ソクラテスは、問いかけることで相手にも自分にもない発想、知恵が生まれるのを手助けするこの手法を、産婆術と呼んだ。

で、産婆術のコツなんだけど、それには次のエピソードがわかりやすいかもしれない。
その学生は卒論を書かなかったために2回も卒業を逃し、私のところに来たのが3度目の正直。しかし鬱なのか、ともかく無気力。何を聞いても「はあ」「わかりません」しか返ってこない状態。

これでは私があれこれ指示を出してもろくに動けないだろう。まずは本人の中に意欲、能動性を回復させなければ。そこでその学生を「教える」ことはやめ、全て問いかけることにした。そして学生に能動性のカケラが少しでも見えたら、驚き、面白がることにしてみた。

ある実験データを目にして「君、これどう思う?」と訊くと、「わかりません」という安定回答。私は「実は僕も初めて見る現象だから分からない。分からない者同士、気づいたことをともかく列挙していこう」と声をかけ、「ここどうなってる?」と指差して具体的に訊ねると、オズオズと「・・・こうなってると思います」。

見たままを口にしただけとは言え、「わかりません」と自動的に答えるのと比べたら、能動的に観察し、それを言語化した!能動的に動いた!私はそこに驚き、喜んだ。「おお、そうだね」。
「じゃあ、ここは?」と、具体的に指さしながら、そこがどうなっているかを答えてもらった。

答えてもらうたびに私は驚き、その答えを面白がった。私の予想した意見と違っていたら、それが間違っていても「彼にはそう見えるのか」とそれにも驚き、喜んだ。すると、何を言っても私が否定しないものだから、だんだんと安心できたらしく、答えがスムーズに出てくるようになった。

観察し、気づきがたくさん得られると、本人もどんなに現象なのか、見当がついてきた様子。そこで「一体何が起きたと思う?」と訊くと、「こういうことなんじゃないかな、と言う気がします」と、妥当な仮説が。私はそれにも驚き、面白がった。「では、その仮説を検証するには、どんなに実験が?」

「こういう実験をすれば仮説が正しいかどうか検証できるように思います」。私は「面白いねえ!それ、やってみてよ!」
学生も、自分の口から出てきたアイディアだから、自分のアイディアだという感覚があり、既に試したくなっている。能動的に実験に取り組み始めた。

この学生の意欲、能動性を回復できたのは、問いかけだけではなく、もう一つ要素があるように思う。それは、相手の答えに驚き、面白がること。
もし私が学生の回答に対してぶっきらぼうに「ああ、そう」と冷たい態度をとったら、こちらがいくら問いかけても学生はもう答えようとしてくれないだろう。

私が学生の答えに対して「ほう!」とか「なるほど!」とか、軽くではあるけども驚きを示し、面白がるから、学生も調子が出てきていろいろ答える気になったのだろう。そのうちに意欲が湧いてきたのだろう。
産婆術のコツ、それは
・訊くこと。
・相手の答えに驚き、面白がること
ではないか。

こうした産婆術をいろんな場面で活用できると、研究現場は非常に活性化すると思う。若い研究者たちが楽しく研究できることを望む。

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