海・陸で生物の姿が消えた
小学生の頃から毎年、和歌山のすさみの海に海水浴に。何キロも離れたところから磯の香りがした。途中、釣りエサを買おうと店に入ると床が真っ黒。足を下ろそうとすると足の形にコンクリートの肌が見えた。黒いのはフナムシだった。そろりそろりと歩くと、フナムシがよけてくれたが、一面真っ黒。
すさみの岩礁には、ヤドカリや巻貝がびっしり。そばを歩くと、影になった部分でヤドカリがコロコロと水底に転がっていく。水たまりには小エビや小魚が大量に。網を沈めてしばらくして持ち上げると、ピチピチと。岩肌で干してチリメンジャコにして食べた。
水たまりに空き缶を沈めておくと、狭いところが好きなハゼの仲間が入るので、簡単につかまえることができた。岩肌には、大量のフナムシが。走って追いかけると大群が一斉に逃げていく。負けじと追いかけるのが楽しかった。
釣りエサを買わなくてよいことにすぐ気がついた。岩礁に張り付く巻貝を割って釣り針につけたら、簡単に魚が釣れた。飯粒1つでも魚が釣れた。海底にはナマコがいて、熱帯魚風の魚が。砂浜には大量の海藻が打ち上げられ、強い磯の香りがした。海は間違いなく豊かだった。
それが激変したのは、私が大学生になってしばらくしてから。1993年前後と記憶する。大量にいたはずのフナムシが消えた。釣りエサの店の床には一匹もフナムシがいなくなり、すさみの岩礁にもほとんどいなくなった。わずかに姿を見せるものも、2,3センチの小さなものばかり。
水たまりには小エビが全く姿を見せなくなった。小魚も姿が見えない。比較的長く姿を見かけたハゼの仲間も、まったくと言ってよいほど姿を見なくなった。びっしりと大量にいたヤドカリもかつての1割もいない。巻貝の数もどえらく少ない。
2000年代に入ると、とうとう磯の香りが全くといってよいほどしなくなった。海辺に立って、ようやくかすかに匂う程度。かつては何キロも離れていても「磯の香りがする!」といって驚いていたほど、強烈なにおいだったのに。
海辺に大量に打ち上げられていた海藻・海草が、ほとんどなくなってしまった。磯の香りは、海藻などが腐ることによってジメチルスルフィドという臭い成分が生まれるから。磯の香りがしないということは、海藻・海草が海にほとんど生えていないことを意味する。以後、海に磯の香りがしていない。
すさみの海にはほとんど人工物がない。人家もほとんどなく、工場も見当たらない。農地もわずかばかり。なのに、生物の姿が激減した。何が起きたのだろう?和歌山の海では、磯焼けが進行しているという。海から生物が姿を消しつつある。
弟が信楽で陶芸の修業を始めたころ、夜の自動販売機でジュースを買おうとしたら、その光に引き寄せられて大量の虫が。それをカエルが好きなだけ食べていた。なんとかジュースを買うと、モソッと妙な音。どうやら虫の死骸が大量に落とし口にあったらしい。なんという生物量(バイオマス量)!
ところがそれから2年ほどして、ある意味ワクワクしながら同じ自販機に行くと、虫の姿をほとんど見なかった。ホタルも数をずいぶん減らしていた。明らかに虫の数が激減していた。虫の数は、私の小さなころと比べても比較にならないほど減っている。
定点観測の結果でしかないが、とりたてて周辺環境に変化がないところでの異変だから、どうも、何かが起きている。原因はいくつか考えられる。
①農薬?
②山が「枯れている」?
③海が鉄不足?
④排水がきれいになり過ぎた?
⑤海水の温暖化?
一つに絞り切れない。複合的に起きている可能性がある。
①農薬の可能性はあるかもしれない。松くい虫対策で必要以上に大量にまいた、という現場の人の話も聞いたことがある。それが環境中に拡散して、フナムシや小エビなどを直接間接に殺した可能性はある。
②山が「枯れている」ことも可能性としてある。本来、鳥や虫、魚が山を登り、リンなどの養分を海から陸へ持ち上げる作用をしている。しかし干潟が埋め立てでどんどん失われ、海の養分を山に戻す仕組みが失われている。山が養分欠乏に陥っても不思議ではない。
③海が枯れてきた可能性もある。日本の河川にはダムが多く、枯れ葉等が分解する際に土壌中の鉄分を溶かし出し、川を流れて海に鉄を届ける機能が、邪魔されている。昔の食品成分表で記載の海苔の鉄分含量に、今の国産の海苔は達していない。鉄が失われ、海藻・海草の養分欠乏が起きているかも。
④排水がきれいになり過ぎているかもしれない。2007年に海洋投棄が禁止され、十分に排水処理されたものしか海に流せなくなった。その結果、海がきれいになりすぎ、養分がほとんどない水しか来なくなった。そのため、海の生物が栄養不足で飢餓に陥っている可能性がある。
海が飢餓に陥り、海の生物が少なくなり、干潟が失われて鳥や魚、虫が陸に栄養を運ぶ仕組みが失われ、山が枯れる、という悪循環が起きている可能性がある。海も陸もバイオマス量が減っているのは、海と陸の栄養分の循環を断ち切っているからの可能性がある。
⑤海水の温暖化も可能性がある。磯焼けという現象は、海水温が上昇すると、それに慣れない海藻は枯れてしまう。その結果、海藻が海からいなくなっている可能性がある。しかしそれにしても、温暖な環境に適した海藻が代わりに生えてこないのはおかしい。温暖化だけでは説明しづらい。
海が枯れ、山が枯れ、海にも山にも生き物の姿が見えなくなってきている。生物が豊富にあってこそ、人間もそのお流れを頂いて生きていける。なのに、生物量が大幅に減少するような何かを人類はやらかしている気がする。それが何なのかははっきりしない。一つずつ、改善していく必要がある。
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