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『鈍色幻視行』恩田陸

これこれ、これが恩田陸のもう一つの醍醐味だ。
賢く成熟した大人の男女が、現実的かつ幻想的な薄暗い謎に大いなる好奇心と恐怖心を持って触れていく。視点の切り替えも『黒と茶の幻想』を思い出し、ワクワクがとまらない。

『夜果つるところ』という作中作も、『三月は深き紅の淵を』シリーズを彷彿とさせる幽玄さだ。


『夜果つるところ』。同名の原作小説を題材にした曰くつきの映画である。
これまで何度も映画化が試みられては、そのたびに関係者の死が纏わり、映像化は頓挫してきた。
娼館・墜月荘を舞台に、鳥籠を見つめ続ける生みの母の上げる奇声と、育ての母の「夜のはじまるところ」という言葉、名義上の母の無関心な視線が、少女の夜を続けていく。
映像化の「いわく」の一つともなったクライマックスの炎上シーンの火影は、関係者ならずとも映像化を夢見てしまう迫力があるだろう。
原作者の飯合梓は本作のみをヒットさせた謎の人物で、実際に彼女に会ったという人はほとんどいない。

鈍色幻視行は、『夜果つるところ』に魅せられた人々を取材する豪華客船の旅だ。
再婚同士の夫婦・蕗谷梢は小説家、夫の雅春は弁護士である。雅春は文学少年の時分から『夜果つるところ』のファンであり、前妻・現妻ともに物書き。親戚やその関係者に『夜果つるところ』の映画関係者や愛好家が多くいる。
その雅春のツテで実現した「幻視行」で、異空間たる海上での興奮、追想、懐疑、議論、恐怖を軸に、時に上陸するアジアの郷愁も感じながら旅路は進む。



そしてなんと呪われた作中作品『夜果つるところ』は、それだけで恩田作品として刊行されている。
これは二度美味しい。

恩田陸の醍醐味の一つと書いたが、大きく三つあると思っている。

一つは『鈍色幻視行』や『黒と茶の幻想』、遡っては『夏の名残の薔薇』や『木曜組曲』、『まひるの月を追いかけて』のような、成熟した大人の男女が好奇と恐怖と必要性でもって謎と触れ合う物語。
列挙していて気づいたのだが、これら全て旅の要素があることに気づいた。
日常ではない異空間・異なる時間感覚というのも一つモチーフなのかもしれない。


もう一つは『愚かな薔薇』の感想でも書いた通り、終わりゆく少女性を描いたもの。『六番目の小夜子』『蛇行する川のほとり』など、初期に特に多いイメージ。『麦の海に沈む果実』もこちら。
こちらも大好きです。

初期装丁ではないがまさに「少女」


ちなみに当方が最も愛する『ユージニア』は上二つにまたがっている。

ユージニアはこっちの装丁が好き


最後は『夜のピクニック』や『蜜蜂と遠雷』、未読の新作『spring』もこれかな?と思っているが、若者の心の機微を爽やかに描いた群像劇。
個人的には上2つが好きだが世間で高い評価を得る恩田作品はこちらの傾向が強いように思う。

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