クスクス?クスクス!
私はその日、どうしてもクスクスが食べたかった。
日本人が毎日お寿司を食べないように、モロッコ人が毎日クスクスを食べるわけではない。
どこのレストランへ行っても「今日はないよ」の連続で、
メディーナの石畳の上で途方に暮れながら、クスクスの味を思い浮かべていた。
すると目の前に、クスクスがいっぱいに入ったボウルを頭に乗せた女性が通り過ぎた。
私は突然「クスクスだ!」と声に出してしまい、それを聞いた女性は立ち止まってこちらを見た。
「クスクス?」と彼女は言い、「クスクス!」と私は答えた。
すると何を思ったか、顎でこっちへ来い、という合図を出した。
半信半疑でついてゆくと、彼女のアパートに着いた。
10代の娘さんがパジャマのような姿でドアを開け、私を見てびっくりしたような顔をした(当たり前だ)。
しばらくするとご主人が帰宅した。どこかで見た顔だと思ったら、メディーナの小さな売店の店主のおじさんだった。
私はスペイン語はほんの少しわかるが、アラビア語もベルベル語も話せない。そして彼女たちはスペイン語はともかく英語も話さない。
お互いに困ったねと笑い合って、彼女がクスクスを指差しながら「食べてちょうだい」という合図をしたので、
私はその夢のような提案に何度も日本語でありがとうと言い、本当にさっき会ったばかりのこのやさしい人たちとクスクスを囲みみんなで食べ始めた。
正直言ってクスクスの味をあまり覚えていない。
胸がいっぱいで、味わうどころではなかったのだ。
今でもこの日のことを考えると、胸のあたりがきゅんとする。
そして言えることは、味以上に、このときのクスクス以上のクスクスを私はまだ知らない、ということだ。
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