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S.K.

彼の手は冷たかった。
冷たくて硬かった。
それはものの様で。
でも彼だった。
彼はもう起きない。

私は彼のその冷たくて硬直した手をゆっくりと、そしてじんわりと、両手で包みながら、握りながら、熱を分けるように指の一本一本を解いていく。
爪が皮膚にくい込んでしまうほど、強く強く握られていたその手は、今や安らかに腹部の上で組まれている。
寝ているようだとは本当によく言ったものだ。
彼も例に違わず今にもまた目を開いて、いつものように笑いながら冗談のひとつでも言いそうである。
そんな彼が、私は大好きだったのだろう。

まだ一緒にお酒も飲んでいない。
お年玉だって貰ってない。
年末に会ってあの時貰ったのはお小遣いだと言っていたじゃないか。
じゃあお年玉はまた別で貰えるんだねなんて冗談を言って笑いあった。
彼仕込みの冗談だ。
私は貴方で出来ている。
貴方は私の中でずっと存在し続ける。

私も貴方の様に生きて、そして死んでいきたい。

空には雲ひとつなかった。
遠くの山々が美しく連なっているのが見える。
蒼に一筋の白濁が溶けていく。

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