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哲学と商売。


オープンしたての頃、笑顔で迎えてくれていた某店の店主。
私はその店の飲み物の美味しさプラス店主の笑顔が好きでした。
あの
『私の店を選んでくれて嬉しい。』
という、はにかむような笑顔がとても素敵だった。

その後、その店は店主こだわりの珈琲や料理の美味しさもあって、様々なメディアで見かけるようになります。

お気に入りが混雑するのは嫌だけど、その店を気に入っていた客としては嬉しいことでした。



数年後、移転したその店を友人と訪ねてみると、なんとなーく敷居が高くなっている上に、店主から笑顔が消えていました。

無言で淡々とコーヒーを淹れる姿は職人の
ようで、ある意味その店主が辿り着いた
スタイルのような雰囲気もありました。

私は移転前のオープン仕立ての店で、はにかむような笑顔で客を迎えていた店主の笑顔がとても好きだったので、ある意味「洗練されたスタイル」とも言えそうな店主の出立ちに違和感を覚えました。
そして、その空間の居心地の悪さにいたたまれなくり、一緒に行った友人とおしゃべりもせずに、オーダーした珈琲を一気に飲み干して30分も滞在せずに店を後にしました。

そりゃ人間ですから「笑顔」でいられない日があるのも、客側の私もわかります。
しかしその店主から笑顔や愛嬌を奪ったのが、仕事に対する「哲学とか矜持」みたいなものだったとしたら…元商売人の娘としてはなんか違う・・・と思うわけです。


以前ならその店主から笑顔がなくなった理由を、なんとなーく探ったかもしれませんが…育児や仕事の合間のほっと一息つく飲食時間は、ひたすら気持ちよく過ごしたい気持ちの方が強い。


なので、マニュアル化されてるとはいえ最低限の「挨拶」くらいは気持ちよくしてくれるチェーン店を選択した方が時間の節約にもなるし気楽だと感じることが多くなりました。
(ちなみに近所のマクドナルドの店員さん数人とは、お天気の話や私が連れている双子の話をするくらい、ドライブスルーでも軽く言葉を交わします。)

誤解無きようにに書くと私なりに「哲学も矜持も笑顔」もある店を私は知っているしそういったお店は自然に足が向きますし、顔馴染みにもなります。
最近では数ヶ月ぶりに行った焼肉屋さん
「あら!お久しぶりですね〜」
と言ってもらえて嬉しかったし、つい一品多くオーダーしちゃいました。
一時期、お一人様で月に数回通ったこともあり、すっかり顔を覚えられています。オンナ一人焼肉客が珍しかったにも手伝ってはいるでしょう。


”お客は神さま”ではないが、店側が「哲学と矜持」を持った途端、愛嬌がなくなる店って、客商売と言えるのかなーと素朴な疑問があります。

哲学や矜持を否定しているんじゃなくて、素朴な疑問なのです。

そして、答えはまだ出ていません。


最近開拓したネパールカレー屋のラッシー。


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