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この世界の重さを~逢坂冬馬さん『同志少女よ、敵を撃て』~

こんにちは。桜小路いをりです。

先日、逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』を読み終えました。

2022年を代表する1冊。遅ればせながら、ようやく読了です。

本を閉じたときの私の最初の感想は、「……すごい小説だったな」でした。本当に、その一言に尽きます。

戦争の悲惨さ、残酷さを強く感じました、なんてありきたりな言葉では言い表せないくらい。
衝撃に次ぐ衝撃で、読んでいる最中、何度後悔したか。でも、目が離せない、離しちゃいけない、と読者を強く引き戻すような力まで、本書は持っているような気がします。

内容をネタバレなしでご紹介しつつ、私の感想を綴っていきますので、未読の方もぜひ最後までお付き合いください。

本書の主人公セラフィマ(愛称フィーマ)は、小さな村で狩人の母親と共に暮らしていました。自身も狩りの腕に覚えがあり、学業にも秀でていて、将来の夢は外交官。ごくごく普通の少女です。

そんなセラフィマの運命が、大きく変わる出来事が起こります。突然、ドイツ軍が村を襲い、セラフィマ以外の村人が全員殺されてしまうのです。
セラフィマ自身も射殺されそうになる寸前、彼女を救ったのが、後に師となるイリーナという女性狙撃兵でした。

イリーナは、セラフィマに労りの言葉をかけることもなく、「戦いたいか、死にたいか」と問い、母親をの遺体を焼き払います。

そのとき、セラフィマには猛烈な復讐心が芽生えました。彼女は、母親を撃ったドイツの狙撃兵、そして何よりイリーナに復讐するために、女性狙撃兵となる道を選びます。

以上がさわりの部分。
ここから、過酷な狙撃の訓練が始まり、セラフィマは優秀な狙撃兵として戦場を渡り歩くことになります。

ソ連軍には、歴史上、実際に女性狙撃兵がいました。(本書にも、「狙撃の女王」と呼ばれる、実在する女性狙撃兵が出てきます。)

私自身も、本書を読む前からその存在は知っていたので、非常にドキドキしながらページを捲りました。

始めに言っておくと、アガサ・クリスティー賞受賞作品ではありますが、戦争小説としての側面のほうが強い印象です。残酷な描写がたくさんあるので、苦手な方はご注意を。ある程度いける口な方も、心身が健康なときに、できればお部屋を暖かくして読むことをおすすめします。

もう……なんというか、臨場感がとてつもないです。

本当にセラフィマと一緒に戦場にいるような、彼女の横で、あるいは、彼女の目を借りて、銃のスコープをのぞいているような気持ちになります。

何より、ひとりの少女が、「女性狙撃兵」になっていく様子、復讐の炎を胸に宿しながら戦場を駆け抜けていく様子が、とても生々しいです。

戦争とは、こうも人を変えてしまうのか、と。

頭では分かっていたことを、実感として突きつけられました。序盤のセラフィマと、物語半ばから後半にかけてのセラフィマは、全くの別人と言えるほど変わっています。そうならざるをえなかった、そうならなければ生きていけなかった、その時代に、その状況に、胸が苦しくなります。

正直、読み進めるのは辛かったです。
でも、本書から目が離せなかった、目を離させてくれなかった理由は、何よりエンタメ小説としての構成が非常に魅力的だったから、でした。

ただ戦場の様子を、セラフィマの心情を綴っているだけの戦争小説ならば、辛くて読み進められなかったと思います。

でも、本書は「続きが気になる」「どうなっちゃうんだろう」という次の展開への惹き付け方が、本当にすごかった。そのリアリティーはもちろんのこと、伏線の回収も見事です。怒涛の展開に、ページを捲る手が止まらなくなります。(ここはやはり、フィクションの良いところではないでしょうか。)

さらに、終始「セラフィマの敵は誰(何)なのか」という問いも付いて回ります。さすが、アガサ・クリスティー賞受賞作。直木賞候補作。本屋大賞受賞作。凄まじいです。色んな意味で。

私の中で印象に残っているのは、この一節です。

 自分が怪物に近づいてゆくという実感が確かにあった。
 しかし、怪物でなければこの戦いを生き延びることはできないのだ。
 興奮が去った後、セラフィマはひたすらに惰眠を貪った。仮眠のみで三日を過ごした分を穴埋めするように眠る中、一度も悪夢を見なかった。
 悪夢にうなされる自分でありたかった。

最後に、『同志少女よ、敵を撃て』を読み進めているとき、「そういえば……」と思い出した楽曲をご紹介させてください。

Empty old Cityの「Rhapsody」です。

歌詞のところどころが、なんだか本作とリンクしているように感じています。読了の余韻と共に聴いていたら、たまらない気持ちになりました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

正直、手放しに「読んでみて!」と言える作品ではありません。扱っている内容も重厚で、辛い描写もたくさんあります。

でも、読み終えて、「読まなきゃよかった」と思うことはない作品だと、私は思っています。そのくらいの傑作ですし、今、読むことができて、記憶に刻むことができてよかった作品でした。

セラフィマ、もといフィーマが、何を想い、誰を想い、引き金を引いたのか。引き金を引かざるを、えなかったのか。

彼女の生き様とその葛藤に、ひとりでも多くの方が触れてくださったらいいな、と思います。

今回お借りした見出し画像は、錆びた塔の写真です。吸い込まれそうな切り取り方に惹かれて、選ばせていただきました。鉄や金属の冷たさが、『同志少女よ、敵を撃て』には合っているような気がします。ちなみに、タイトルの「この世界の重さを」という言葉は、Empty old Cityの「Rhapsody」の歌詞から引用させていただきました。

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