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ハングリー・ウーマン 3

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 家に帰ってきた実里は一人、リビングにいた。チャットで送られてくる坂本の旅行写真。彼女は推し活を満喫していた。写真に次いで、坂本から「お土産は何する?」と送られてきた。いつもならすぐに欲しいものが浮かぶのだが、今は何も思いつかない。
 坂本のチャットに返信した実里は男性と連絡先を交換しとけば良かったと、後悔の渦に飲み込まれていた。おまけに名前も聞いていなかった。児玉に聞けば、すぐにわかるかもしれないが勇気が必要だった。その一歩を踏み出せずにいた。
 悶々とする実里はソファに寝転ぶ。彼女の体重で圧がかかったソファの軋む音が聞こえる。
 まずはこの見た目をなんとかする。
 実里にとって一世一代の決意をする。ダイエットしようと心に決めた。やり方は危険過ぎる食べないダイエットであったが、今の彼女は正常な判断ができなかった。見えているものはあの男性だけである。恋煩いというものはこの世で最も恐ろしい病気なのかもしれない。

 ただいまと、帰ってくる坂本。彼女はやけに静かな家に異変を感じる。

「どうしたの!?」

 リビングで倒れている実里の姿に驚く。実里はボソボソと「お腹空いた」と口にする。すぐに冷蔵庫を開ける坂本。

「なんじゃこりゃ!?」

 限界まで詰め込まれた食料が雪崩のように、中から飛び出してくる。

「流動食ないけど、固形でも大丈夫?」

 体調が優れず、何も食べれていないと思った坂本はゼリーなどの流動食を探したがなかった。実里がまたボソボソと何か伝えようとしていた。実里の口に耳を近づける坂本。

「ダイエット!? 三つの約束覚えているよね? 食事は三食、健康的に摂る」

 視線を冷蔵庫に向ける坂本。

「お腹空いている時に買い物行ったでしょ? 実里、歯止め利かないんだから」

 ソファに運ばれる実里。体調が戻った彼女に、坂本が理由を問いただす。

「なるほど……で、あのラーメン屋に行ったんだ」
「名前、聞いてないんだけど知らない?」
「毎日行っているわけじゃないからわからないけど、その人の特徴は?」

 男性を思い浮かべる実里。これといった特徴が見つからない。黒髪、スーツ姿、二十代。

「それ……そこらへんにいる男じゃん。早いところ、張り込んだ方が良さそう」

 疑問点は速攻に解決する坂本の癖が出る。今日は夜遅いからと明日、ラーメン店に張り込みすることになった。

 きっと昼時に現れるだろうと、実里と坂本は遠くからラーメン店を張り込む。

「メロンパン?」
「張り込みの定番といえば、メロンパンでしょ」
「あんぱんじゃないの」

 仕事の休憩時間に来た坂本はメロンパンで昼食を済ます。来店する男性を見つける度、隣で彼女が「あの人?」と尋ねてくる。実里は「違う」と何度も答える。
 結局、例の男性は昼に現れなかった。あの店に行ったことのある坂本は次、夕方に客が増えるという。古書店で働く坂本は仕事に戻る。彼女が退勤するまで、実里は時間を潰すことにする。
 そして、坂本の働く古書店に訪れる実里。そこにいた坂本と会話している男性。彼は例の男性だった。

「実里! この人がのぶ……いや、曽根田そねださんです」

 彼は実里を見て、近くに寄ってくる。

「大食いの時の。大丈夫でしたか?」
「あ……はい。大丈夫です」

 あからさまに動揺する実里に察知した坂本。話の流れ関係なく、坂本が突然「お付き合いしている方は?」と曽根田に尋ねる。

「います」

 終わった。違う。そもそも、何も始まっていなかった。
 曽根田は突然の質問に戸惑いながらも、そう答えた。坂本は「ごめん」と口パクで実里に訴える。

「加恋。帰ろう」
「そうだね。では、曽根田さん。また」

 足早に店を出ていく坂本と実里。

 リビングに暴食する実里の姿があった。

「恋愛なんてクソだ!」

 手羽先を豪快にかぶりつく。

「今日はいっぱい食べよう」

 今日だけは、実里の暴飲暴食を認める坂本。実里は気が済むまで、食べ続けた。

[終]

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