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生徒会長になる方法 3
教室内では白井の噂が立っていた。
「白井さん、髪切ってたね」
「ロングもよかったけど、ショートもいいね」
そんな女子たちの会話が聞こえてきた。白井が髪を切ったなんて聞いていない。それに彼女がすでに学校に来ていることも知らなかった。
授業後の休憩時間に白井のクラスに行く美羽。たしかにショートヘアになっていた彼女はそこにいた。
「白井。なんで連絡返さなかったの?」
いつも通りにうつむく白井。例の女子グループが美羽に声をかけてくる。
「もういいんじゃない。白井、嫌がってんじゃん」
白井は教室を飛び出した。美羽は追いかけようとするも腕を掴まれた。
「最初からずっと思ってたんだけどさ、他クラスで接点もない豊田がなんで白井の応援演説に立候補した? どういうわけ?」
美羽は何も答えない。彼女たちに答える必要はない。白井の推薦人に立候補した理由を告白するのなら、それは彼女たちではなく、本人に直接伝えるべきだからである。
「私の流れが全部崩れていっている。邪魔」
掴まれた腕を振り払った美羽は白井を追いかけた。
中庭。ベンチに座っている白井に声をかける美羽。
「私は目立ちたくなかった。私が立候補したのは――」
「あのグループの暇つぶし。でしょ」
「わかっていたなら、なんで私の推薦人になったの!」
白井は立ち上がって訴えた。彼女が必死に涙を堪えているのがわかった。
「私が目立ったらどうなるか……豊田さんならわかっていたよね」
白井のいう通りだった。白井が目立てば目立つほど、あの女子たちの機嫌は悪くなる。いつか来るとわかっていた。
「なんで私の推薦人になったの」
落ち着いた白井は美羽に尋ねた。
「私は」
美羽は告白する。
※
時は中学三年生の冬。
当時、受験シーズンでピリピリしていた美羽。周りは志望校が決まっていく中、美羽は行きたい高校の試験に落ちた。残されたのは後期試験。美羽は相当焦っていた。そんな彼女に担任の先生は言った。
「豊田。試験に合格することが目的になっていないか?」
その言葉だけでは理解できなかった美羽。だって、試験に合格する以外に理由はないのだから。
「高校受験合格という目的に駆られ、たとえ合格できたとしてもその先にあるのは無だ。だって、高校受験合格が目的だったんだから。必死に頑張って、合格を手にしてもな豊田、お前はその学校で何がしたい?」
何もなかった。いざ考えてみたら何もない。
「じゃあ私はどうすればいいの」
「本気で考えろ。一浪したっていいじゃないか」
「そんなの無理。ってか、先生がそんなこと言っていいわけ」
「俺は生徒の幸せを願っている。生徒たち本人がしっかりと自分と向き合って、答えを出す。もちろん助言はする。でも、最後に決めるのは本人だ」
中学三年生の頃の担任の先生は美羽にそう告げた。それからずっと考えた。自分が将来、何になりたいのか。
ある日の大阪駅で美羽は三十代ぐらいの男性とぶつかる。尻餅をつく美羽。
「すみません! 大丈夫ですか」
「すみません」
持っていたかばんの中身が飛び散る。スーツを着たその男性は飛び散った物を一つ一つ拾う。美羽も一緒に拾う。
「ありがとうございます」
「本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ごめんね」
彼は急いでその場を去った。美羽はどこかで見たことのある顔だと思ったが、思い出せずにいた。
そして、その時は突然やってくる。母親が見ていた報道番組にその男性が映っていた。テロップには「大阪市議会議員歌川敬一郎」とあった。
「かっこいいよね。歌川さん」
今まで聞いたことのないとろけた声で母親が口にした。美羽も同感だった。好みのタイプは遺伝するものなのだろうか。ぶつかったあの日から、歌川の顔が頭から離れなかった。
「秘書ってどうすればなれるのかな」
「急にどうしたの? まさか秘書になるつもりなの」
「別に」
美羽は自分の部屋に戻った。担任の先生に言われたことを思い出す。やりたいことが見つかった。
「私は歌川議員の秘書になる」
※
時は戻る。
「つまり、豊田さんは歌川議員の秘書になるために私の推薦人になったってこと?」
「そう」
わずかな沈黙の末、白井がくすっと笑う。彼女の笑顔を初めて見た美羽。
「何がおかしい」
「だっておかしいよ。別に私の推薦人にならなくても秘書になれるでしょ」
「ポイント稼ぎ。そういう実績があれば、有利に働くと思った」
美羽は内心ホッとした。このことを話せば、もっと白井との関係が悪くなると思った。美羽は自分の目的達成のために彼女を利用していたのだから。でも、白井は笑っている。
「豊田さんは私を利用したってことだよね」
「ごめんなさい」
頭を下げる美羽。やはり許されることではなかった。
「いいよ私は。もとはあの人たちの暇つぶしに利用されていたんだし」
吹っ切れた白井には美羽の求めていた堂々とした姿と自信があった。今の彼女なら絶対に生徒会長になれる。
「私は絶対に白井を生徒会長にさせる」
白井は頷いた。