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ハングリー・ウーマン 2

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 大阪駅近くにあるラーメン店に来ていた実里。この店で大食いチャレンジが開催される。店内にいる客は全員挑戦者である。平日の昼間だからか、挑戦者は成人で男性の割合が多いものの、女性もいた。一番若い男性はおそらく学生っぽい。
 カウンター席の向こう側では準備に急ぐ店員の姿、掛け声が店内に響き渡る。
 テーブル席に座る実里。しばらくして、向かいの席に座ってきた長髪の女性は細身な体型で目が大きく、アイドルのような可愛さを持っていた。ベージュのスーツを身に纏っており、就活生とかではなさそう。でもここに来るのは大食いの挑戦者だけ。もしかして、彼女も挑戦するのだろうか。細身の体型からは想像できない。
 実里は頭の中で巡らせていると彼女から声をかけてきた。

「初めまして。私、児玉華っていいます」

 実里も彼女と同じように自分を名乗る。

「最近、店に来ている感じですか?」

 児玉華と名乗る女性はなぜ、そんなことを尋ねてきたのか。このラーメン店に来たのは初めてで疑問符が浮かぶ実里。

「私はチラシを見て、申し込みました」

 家にあったチラシを持ってきていた実里は彼女に見せた。

「それは来店したお客さんに渡しているチラシなので、最低一回でも来たことがあるってことですよね」

 ということは、坂本が一度でもこの店でラーメンを食べていたのか。たしかに、坂本が働いている古書店は駅近くにあると話していた。
 児玉曰く、挑戦者たちは一度でも店に足を運んだ客で今日の参加者はよく見る顔だと。彼らとは何度か挨拶を交わしていた。その中に一人、知らない顔だったのが実里だったわけだ。

「児玉さんは大食いなんですか?」

 悩んだ末、失礼な質問を投げかけた実里。児玉は手に動きを付け加えて「いえ」と答えた。

「私はラーメンが大好きなだけです」

 常連の児玉は今ある店のメニューを食べ尽くしている。今回の大食いチャレンジで用意されるラーメンは、このイベントの為に作られた特別メニューである。

「だから器もちょっと大きめですけど、一杯分なら食べ切れるかなと」

 イベントの開始時刻が迫る中、慌てて入店する男性。左腕に羽織っていたジャケットを垂らし、ハンカチで汗を拭う。児玉を発見した彼は二人が座るテーブルに寄って来る。

「どうも」

 笑顔で挨拶する彼の姿に硬直する実里。今まで感じたことのない胸の高鳴り、心臓が激しく動いている。
 固まっている実里に「大丈夫ですか?」と投げかける男性。慌てて自分を名乗る実里。児玉と座っているテーブル席に彼も同じく座る。
 イベントの開始時刻となり、挑戦者に運ばれてくるラーメン。醤油ベースで具材がたんまりと盛り付けられている。児玉が言っていた通り、器は大きめ。
 制限時間は三十分と短いが、一杯食べ終えたら次回使えるクーポンがその分貰える。
 店員の合図とともに、挑戦者たちがラーメンに食らいつく。実里も食べ始めるが、気になっているのは目の前にいる男性だ。彼は豪快に麺をすすっていく。隣にいる児玉はいつの間にか、髪を一つに束ね、ゆっくりと上品に食べる。あちこちから麺をすする音が聞こえてくる。
 実里は男性に見惚れている場合ではなかった。この戦いに三千円を賭けているのだ。元は取らなければいけなかった。

 三十分で三杯、三十分で三杯、三十分で三杯。

 今のペースでは明らかに達成できない。これではクーポンを手にして終わってしまう。そのクーポンだって、一杯無料とかではない。結局、元を取らなければ損失である。食で損をしたくない実里と、少しでも悪い印象を男性に与えたくない実里が心の中で葛藤している。
 なんで、彼は自分の目の前に座って来たのか。

「長田さん。箸が進んでいませんが、体調が悪いとか?」

 一杯を食べ終えた児玉が心配して声をかけてくる。言われなければ気づかなかった。自分の手は今、止まっていた。

「無理はしないでください」

 目の前でラーメンを食べ続ける男性が実里に言葉をかけた。すでに二杯目を制していた彼は手を挙げ、三杯目を要求する。
 時間的にこの一杯が限界の実里。理由はそれだけではなく、今は胃に何も入らない。頼んで残してしまうようなことはしたくない。
 男性は三杯目の後、四敗目を食べ終えたところで店員からクーポンを四枚受け取り、店を出て行ってしまった。
 制限時間となり、実里は結局一杯しか食べることができなかった。店員からクーポンを一枚貰う。次回、ラーメン一杯を半額で注文することができる。
 もしや、これが噂の一目惚れというものか。

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