全力疾走 2
占い師サダ子に着信拒否されたことを未だに根に持っているのか、まだ愚痴を吐く掛川。ガシャンと缶飲料が落ちてくる音がした。
「占い師のサダ子? は、口コミとか嫌う人なんでしょ。連絡とか、嫌がるんじゃない?」
プルタブを引いた真澄はすぐに飲み干し、近くにあったゴミ箱へ投げるようにして捨てた。
「でも、占い師って人と会話する仕事だよ? 苦手ってことはないでしょ。まあ……あの感じだと苦手っぽく見えたけど」
第二企画部に戻る途中、例の大阪シティ構想実行部に所属する女性社員を見かけた。
「本社から来たあの子。私たちと同じ歳だよ。凄いわ」
自分と同じ年齢の社員が活躍する姿に感心する掛川。他人と自分を比べない真澄はただ頷くだけ。
夕日の下、河川敷で一人、念入りにストレッチする真澄の姿があった。
朝の静けさと夕方の静けさは違う。見える景色も全く違った。朝練もあったのに、夕方が部活感満載なのは練習時間が圧倒的に長かったからだろう。
首を回し、手首を回し、足首を回す。
放課後、遊び終わった少年たちの帰る姿が真澄の目に映る。
軽くステップを踏んだ後、両耳にイヤホンを装着し、ゆっくりと走り出した真澄。朝とは違って、ジョギング程度である。真澄の他にも、この河川敷でランニングする人がいる。
自分が走る理由。もちろん、走るのが好きだからである。別に理由があるのだとしたら、それは落ち着くからかもしれない。昔からのルーティンとなっており、逆に走らない日があったら落ち着かない。誰だって、自分の決めている習慣が崩れたら乱れてしまう。
真澄が走っていると、後ろから掛川が遅れてやって来た。ワイン色のパーカに、彼女も真澄と同じジョガーパンツを履いていた。真澄が掛川に同じものを勧めたのだ。
耳につけていたイヤホンを外した真澄。
「真澄のおすすめのパンツ、動きやすいわ」
頷く真澄。
夕方はこうして、掛川と一緒に走っている。いつもではなく、掛川は度々残業があって来ることができない。その時は一人で走る。
長距離選手だった二人は昔も一緒に走っていた。時の流れは早く、あと三年が経てば、高校卒業して十年になる。
毎日走っている真澄に比べて、掛川は息が荒れていた。そんな彼女に「お疲れ様」と言葉をかけた。
「はあ……真澄は朝も走ってるんでしょ。どこ目指してんの?」
「別に」
近くにあった木造のベンチに腰を掛ける真澄。息を整えた掛川も隣に座る。
「みんな今、何してんのかな。連絡取ってる?」
「たまにチャット来るけど、頻繁にやり取りはしてない」
「……彼は?」
真澄の高校である時、問題が起きた。男子部員の一人が怪我を負った。後遺症が残るほどの重傷で彼はその後、退学した。それ以来、誰も会っていない。
「仕事が辛い時とかさ、思い出すよね。楽しかった昔のこと」
掛川の言葉に首を傾げる真澄。過去のことを思ってもそれは過去でしかなくて、過ぎ去ったことに時間を費やしたくはなかった。昔のことを思い出すぐらいなら、明日のことを考える。
ペットボトルを開けた真澄は水分補給する。
「楽しいじゃん、今も」
「それは真澄だけでしょ。あなたは走ることが好きなんだから」
「ほら! 走るよ」
休憩が足りていない掛川の腕を引っ張る真澄。彼女はまだ走る。