現代のアメリカ社会を描く映画監督、ケイリー・ライカートを知っているか?
ケリー・ライカートという映画監督を知っているだろうか?
彼女は現在、映画界で最も注目されてる監督の1人といえるだろう。
日本ではまだ公開されてないが、2020年に製作された『First Cow』はA24 が製作・配給をしているだけでなく、ベルリン国際映画祭で金熊賞にノミネートされるという快挙を遂げている。
ケリー・ライカートは一体どんな人物か?
彼女はアメリカ・フロリダ州マイアミ出身、今年58歳になる映画監督だ。ファイナルカット権(最終的な編集権)を保持するため大手スタジオとは距離を保ち、インディペンデントな製作体制とスタイルを貫き続けている。
自分も特集上映でその存在を知ったが、その作風はこれまでのメジャー映画では見られない視点でアメリカを捉えているという点が挙げられる。
そこで今回の記事ではケリー・ライカートの今現在までで日本で観ることができる映画(ソフト、配信含む)の感想とケリー・ライカートの作風などについて述べていきたい
【ケリー・ライカート監督の特徴と作風】
妄想癖の主婦に職探しをする女性や移民…ケリー・ライカートの作品にヒーローは登場しない。ライカート監督が題材にするのは、どこにでもいそうな市井の人々である。
ライカート監督の人となりが伺えるエピソードがある。
『スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望』(1977)が公開され、社会現象となった当時、ライカート監督も並んで観に行ったが、その鑑賞中に寝落ちしてしまったらしい(『Sight & Sound』6月号より)
こうしたエピソードから、ライカート監督がいわゆるハリウッド大作を見て育った監督達とはひと味違う感性を持っていることが分かるだろう。
ケリー・ライカートが描くのは、派手なアクションやCGを使った大作ではない。市井の人々の心の機微やすれ違い、彼等の生活を通じて見えてくるアメリカの社会だ。
ケリー・ライカート作品の特徴として挙げたいのが「ジャンルの解体と再構築」。最近の映画の傾向として、移民問題、LGBT、格差などの社会問題を題材にした作品が作られているが、その一つに女性の権利を描いた作品も多い。
筆者もそうした作品を何本か観てきたが、正直、そうした作品は男性の配役を女性に置き換えただけのような作品も少なくない。だが、ケリー・ライカートの作品は、本当の意味で女性を主体とした作品となっていると感じられる。そこが筆者がケリー・ライカートの作品を好きな理由の一つだ。
『リバー・オブ・グラス』(1994)や『ミークス・カットオフ』(2010)など、男性主体となっているジャンル映画が解体され女性映画として撮られているのだ。いずれも素晴らしい。
また、ケリー・ライカート作品はどの作品も夜が印象的だ。光を当てたような見易い夜ではなく、吸い込まれそうな闇を感じさせる夜。だからこそ、ケリー・ライカート作品はソフトや配信ではなく劇場で観ることをお薦めしたい。
『リバー・オブ・グラス』感想
特集上映にて鑑賞。王子様はいないし、この街からは出られない。「退屈な日常からヒーローが私を連れ出してくれる」といったロマンスもののジャンルへのアンチテーゼだと感じた。ラストの展開が皮肉が効いてて何とも強烈。
ライカートの作品はいずれもリアルスティックに撮られているのが特徴的だ。本作でいえば、コージーとリーの良い意味での見た目のだらしなさや逃避行後の行動がリアル。
空、海、車、映画全編に渡る青色が鮮烈で記憶に残るのも印象的。筆者にとって本作が初のライカート作品だったけど、この作品を観て全作品観ようと決めたくらい好きな作品。
『オールド・ジョイ』感想
特集上映にて鑑賞。男2人が森の中で温泉に浸かりキャンプをしにいく。あらすじだけみるとほのぼのとしているが、内容はむしろ気まずく居たたまれない。
美しい自然を背景に描かれるのは2人のすれ違い。時間がお互いの関係性を変えてしまう事を題材にした作品はいくつかあるが本作もその一つ。
こういう話は現実にあり得るし、なかなか身に詰まされたが2人のキャンプの様子は良い。車で山道上がっていく場面観て、久しぶりにキャンプ行きたくなった。後、犬(ルーシー)が可愛いくて癒される。
『ウェンディ&ルーシー』感想
特集上映にて鑑賞。愛犬がいなくなったウェンディが、ひたすら可哀想な目に遭う。悪人は誰も登場しない。ただ、世間は弱者に冷た過ぎる。
『ノマドランド』がノマドを前向きかつ美しく描いた作品だとするなら、本作はノマドをより現実的に描いた作品だといえる。
世知辛い世の中、圧倒的孤独感の中で警備員のおじいちゃんの優しさが染みる。こういう優しさがあるから、世の中も捨てたもんじゃないと思えるんだよ。観ながら思わず唸ってしまった。
そして、本作のミシェル・ウィリアムズがとても良い。ファッションや佇まい含め、めちゃくちゃにハマってる。車のボンネットで膝を抱えて座ってる姿がまた様になる。ミシェル・ウィリアムズ、そこまで意識してなかったけど、この作品で一気に好きになってしまった。ライカート作品の中でも一番好きな作品。
ちなみに本作のオープニングは、ポン・ジュノ監督が「映画史に名を刻むべき最も美しいオープニングシーンのひとつ」と評されている。
『ミークス・カットオフ』感想
特集上映にて鑑賞。まさにライカート流西部劇ジャンルの解体と再構築といったところか。当時の時代の女性差別を扱いながら、ライカート流に再構築されている。
本作で言えば、3家族で旅の今後の相談をする際に女性陣は蚊帳の外となっている。また、本来ならば西部劇の主人公になりそうなミークが本作では相対する存在となっているのが顕著である。
他の作品でも言えることだが、ライカート監督は、意識的に男性が中心となったジャンル映画を女性中心へと再構築させる節があるように思える。
美しい事前を背景に、西部劇の定石を外した物語が新鮮。ちなみに今作は、クエンティン・タランティーノ監督がその年のワースト10に入れているという点も面白い。(ライカート特集のパンフレットを参照)
『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』感想
DVDにて鑑賞。「爆破計画」という副題や、ジェシー・アイゼンバーグ、ダコタ・ファニングなどのスター俳優が名を連ねているという点から、派手なクライムサスペンスを思い浮かべる人もいるだろうが、本作もこれまでの作品同様リアルスティックに撮られている。
まるでTVの再現ドラマやドキュメンタリーを観ているような雰囲気。徹底的なリアリズムに基づいて撮られている。(一つネタバレすると、肝心のダム爆破も直接映されることはない)全編を静謐な雰囲気で纏っている。
計画の綻びから始まる疑心暗鬼と内ゲバ。ラストは空恐ろしい。本作は夜の場面が多いのだが、上述した通り、夜が暗すぎる為、劇場で公開して欲しかった…
『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』感想
DVDにて鑑賞。モンタナという自然と歴史が残る場所を舞台にした4人の女性の群像劇。クリステン・スチュワート、ミシェル・ウィリアムズ、ローラ・ダーンなど著名なハリウッドスターが名を連ねる。
海外の短編小説を読んだような感触。モンタナという片田舎を舞台に、3つのエピソードがあるが、いずれも共通して感じられたのは人と人とのすれ違い。
1話目のローラ・ダーン演じる弁護士とクライアントにしろ、2話目のミッシェル・ウィリアムズにしろ話が噛み合わない空気感がリアルでいたたまれない。
3話目は最もドラマテックで切ない。クリステン・スチュワート演じる講師と、馬の世話をしている女性。2人の会話の温度差と噛み合わなさが何とも気まずい。ラストはとても切なかったが、本作の深夜に馬に乗る場面は、世知辛さが漂う本作の中で幻想的で素敵だった。
【配信情報等】
ケリー・ライカート監督、間違いなくこれから日本でも多くの人に名前を知られる監督だと思う。本作の記事を読んで興味を持った人は是非チェックして見て欲しい。
2021年に上映された「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」
『リバー・オブ・グラス』、『オールド・ジョイ』、『ウェンディ&ルーシー』、『ミークス・カットオフ』はU-NEXTにて配信中(3/26時点)
『ナイト・スリーパーズ ダム爆破計画』、『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』は、U-NEXT他配信中(3/26時点)