
【ポップなのにシリアス】映画『なまず』感想【見えない部分にこそ闇が潜んでいる】
7月29日から公開されている映画『なまず』。看護師として働く女性とその恋人の男性の周囲で起こる不思議な出来事と、彼らの間に湧き上がるある疑念を描いた作品。
監督は今作が初長編作品となるイ・オクソプ。主演のユニョンを演じたのは『野球少女』(2021)、『ベイビー・ブローカー』(2022)のイ・ジュヨン。ユニョンの恋人、ソンウォンを演じたク・ギョファンは、本作の製作・脚本・編集もつとめている。
シュール・不条理系が好きな筆者としては、SNSで情報が流れてきた時から気になっていた本作。一見すると、掴みどころのない作品のように見えるが、実は多方面から掘り下げ・推察ができるなかなかに趣深い作品だ。この記事では本作の感想を述べていきたいと思う。

あらすじ:舞台はソウル郊外の病院。ある日、病院内でいちゃつく男女の局部を写したレントゲン写真が流出するという騒ぎが起こる。看護師のユニョンは、その写真を自分と恋人のソンウォンを写したものだと思い込む。さらに、イ副院長は写真の主をユニョンと決めつけ、彼女に自宅待機を命じるのだった。同じ頃、韓国各地でシンクホールという巨大な穴が出現する謎の現象が起きていた。ソンウォンはその穴の埋め戻し工事の職に就くが、ユニョンとの大切な指輪を紛失してしまう。そのことでソンウォンは同僚を疑う。一方、ユニョンはソンウォンの元カノからある情報を聞いたことで、ある疑惑に悩まされていた…
【感想】
レントゲン写真から始まり、脈絡のないエピソードが次々と語られる。だが、エピソードを通じて観てもHookというか求心力になるものが感じられない。だから捉えどころのない印象が残ってしまう。何を語りたいのか分からない映画、それが中盤までの本作の印象だった。
各エピソードは奇天烈だし脈絡もないが、それでも集中力が持続するのは、イ・ジュヨン、ク・ギョファンらの演技、構図、演出に確かなセンスを感じられるから。最も印象的だったのは音楽の使い方。時に感情を煽り立てながら、時に映像以上に主張する。
ソンウォンが穴埋めの仕事に向かう場面は、ミュージックビデオのような心地よさで思わず身体でリズムを撮っていた。ラストの緊迫感ある音楽も良いし、サントラがあったら欲しいくらい音楽のチョイスが自分好み。この音楽を大音響で聴けただけでも、満足感は高い(調べたが、サントラの情報は見当たらなかったため、もしサントラ系の情報知ってる人いたら教えて頂きたい)。

中盤まではどこに向かってるか分からない映画だが、後半になるにつれ各エピソードの共通点が見えてくる、これがパズルのようで面白い。レントゲン写真に指輪、副院長の子供時代に、ソンウォンの元カノの話と、どのエピソードも「信用と不信」というテーマが共通していることに気付かされる。
奇抜な設定に惑わされていたが、ユニョンと副院長以外の職員が全員欠勤というエピソードからテーマは明言されていた。鑑賞後にパンフレットを読んで分かったが、そもそも本作は2017年に国家人権委員会から「重みと軽さを併せ持つ映画を作らないか?」と依頼されたのが製作のキッカケという。そこでイ・オクソプ監督は、社会問題となっている盗撮や人権侵害、DVを題材に盛り込んだ(序盤、確かにレントゲン写真を撮った人が責められない不思議さをユニョンが言っている)。
そうした経緯を理解したうえで本作を振り返ると、監督が本作に仕掛けた罠も見えてくる。ユニョンとソンウォン、劇中で起こる出来事によって、2人は試されてるかのように信用と不信の狭間を行き来する。だが、この時、映画を観ている観客も2人同様試されているのだ。
実際、筆者はソンウォンの指輪が無くなった時、ソンウォンと同じように「コイツが犯人に違いない」と同僚を疑って観ていた。DVについても、自白するまでソンウォンは恐らく違うのだろうと思っていた。人を信頼する難しさと危うさ、本作からはそうした監督の思いを感じられる。

劇中では、DVも副院長の子供時代の飛び降り描写も直接的な描写は映されない。一見、ポップで可愛らしい世界なのに、画面に映らない部分にこそ闇が潜んでいる。こうした演出が本作をただの可愛らしいで終らせず、観ている人の心に引っかかりを残す。
一見、取っ付きにくい作品だが、噛めば噛むほど味が染み出てくるような不思議な魅力のある作品。風変わりで考察が好きな人にこそ本作をお薦めしたい。


いいなと思ったら応援しよう!
