【熱にうかされた悪夢の如く】映画『インフル病みのペトロフ家』感想
高熱を出して頭がフラフラになる。そんな時、今自分がいる場所が現実か夢か分からなくなる。こんな経験したことないだろうか?今回紹介する映画はまさにそんな体験を映像化した作品だ。
『インフル病みのペトロフ家』は、ロシアを舞台にインフルエンザに掛かった男が、現実と妄想、現在と過去が混在した世界を巡る物語。いわゆる「地に足が付かない」、「夢か現実か分からない」タイプの作品で、2021年のカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、フランス映画高等技術委員会賞を受賞するなど高い評価を得ている。
鑑賞後の率直な感想としては、本当の熱に浮かされた時に見る夢のような感覚に陥る映画だった。冒頭の鬱々としたバスの車内から、現実か夢かどんどん分からなくなってくる。さらに主人公のペトロフだけでなく、その妻ペトロワの視点や過去の物語も繰り広げられるため、観ている観客の脳内もまさに混沌と化していく。
原作は、ロシアでベストセラーとなったアレクセイ・サリニコフの小説。年代こそ変えているが、この迷宮のようなストーリーテリングはほぼ原作通りとのことらしい。確かに本で読めばさぞかしイマジネーションを刺激されるのだろう。作り手側も映像化するにあたって様々な趣向をめぐらしたことも伺える。
そんな本作の一番の魅力は、圧倒的な映像力。宣伝文句にもなっている18分にもわたる長回しの凄さはもちろん、突如挟まれるペトロワのスピーディーなアクションには目を奪われるし、幼き日のペトロフの思い出には感傷的になってしまう。
印象的だったのは、劇中に何度か挟まれる真上から見下ろした視点の映像。この視点が挟まれる意味を考えてみた。1つは超常的な存在による視点(それこそ劇中に登場するUFOからの視点とも捉えれる)もう一つは、作り手によるロシア社会を俯瞰した視点だ。
というのもペトロフ、ペトロワという名前はロシアではよくある名前らしい(鈴木さん、佐藤さんみたいなものか)。また映画ではペトロフの住んでいる場所は劇中では明かされていない。つまり本作は特定の誰かを主人公にしたドラマではなく、ロシアの市井の市民を主人公にした作品ということが伺える。
それを踏まえた上で映画を振り返ると、暮らし易いといえない環境や、市民たちを包む閉塞感など、ロシア社会への批判的視点も混じっているように感じられた。
本作の監督をつとめたのは『LETO レト』(2018)のキリル・セレブレンニコフ。セレブレンニコフ監督は以前からロシア政権に対して批判的な姿勢をとっており、2017年には無実の容疑で拘束されロシア政府の監視下に置かれていた。本作の脚本は自宅軟禁状態の中で完成させたということもあり、そうした批判的視点が作品に反映されているかもしれない。
狂気と熱量を感じさせる作品だが、テンションの高さはアッパー系ではなくダウナー系、加えて展開の切り替えと情報量が多いので、観終わった後はまさに発熱後のような疲れも感じてしまった。もう一度観たいがどうしようか…
『インフル病みのペトロフ家』は4月23日より全国順次公開中。気になる人は是非チェックして欲しい。