ピンチとチャンスに意味を見いだせるか
今日は久しぶりに夏休みでした。
今回の内容はコチラです
せっかく夏休みだったので、noteを少し書きました。
今日ふとなんとなくPCを新調しようかなと思い、吉祥寺にいき、
その流れでお昼をたべていました。
何気なく、なーんとなくでお店に入りました。
値段を見ることなく雰囲気で入店。
ふとそこでお昼に外食をしていた時に
「昔はこんなことできなかったなぁ」と思い出した。
私は愛知県の田舎出身で、
愛知県といえばスガキヤラーメン。
あの絶妙なスプーン&フォークを覚えているでしょうか。
あれが欲しくてしかたがなかった。
(愛知県のヒト、わかりますよね!?)
小さい頃はスガキヤラーメンの通常のラーメンが私にとってご馳走で、
時折食べれるそのラーメンが嬉しかった。
ちなみにスガキヤラーメンって330円
破格の安さですよね。
当時私の家は貧乏で外食なんてできる家庭ではなかった。
自慢にも何にもならないが、
あまりここで言えたような環境ではありません。
私)「今日のご飯、昨日と同じじゃない?」
母)「そうかなぁ」
私)「もっと外食とかしてみたい」
母)「また今度ね」
今思えば、当時を大人になり思い出すと
すごく酷なやりとりでした。思い出すと苦い想い出です。
母にはとても感謝してます。
母の頑張りがなかったら
ここまでこれなかったなぁと思うのは事実です。
私の家庭環境はさておき、
私はそんな環境だったからこそ思うことがあります。
皆さんに聞いてみたいことがあって、
貧乏であることとお金持ちである事は
どちらが良いかと言う議論
貧乏だった人は、なにくそ根性で成長していき
成功している人が多いのも事実だし、
金持ちだからといってそういう(強い)気持ちがないか、と言ったらそうでは無い。
実際に受けられる教養のレベルが変わるので
データでもお金持ち=良いというのはデータ上ではでていると思います。
私は昔に比べて少し収入をいただけるようになり、自分が経験した上でも強く思うのは
お金はあるに越した事はないと言うこと
自由や裁量があることは選択肢の幅であるので良いと言うこと
です。
じゃあ、お金持ちのほうがいいのかと言えば、
必ずしもそうとも言えないわけです。
まぁ何が言いたいかと言えば、
お金持ちのほうがチャンスは多いんだけど、
それとは違う尺度の話として、
その置かれた状況に応じて、自分がどう判断し、
どう動いたかが重要だということだ。
そんなことを裏付けた私の経験も少し織り交ぜていきたい
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不遇だった大学時代あたりの話
私は前述したが
ちょっと家庭環境で色々ごたついたこともあり、当時は愛知県を離れて1人になれる場所を探していました。
それが北海道大学であり、
私にとって、北大は「自由の象徴」のような場所だった。
(クラーク先生にあこがれた・・・!)
北海道大学に入学できれば
なにかが変わるんじゃないか
イチから始められるんじゃないか
自分の人生を変えられるんじゃないか
当時はそう強く「思い込んだ」
何から逃げるように「思い込むことに専念した」
結果、
大学に行くためにめちゃくちゃ勉強しました。
で、その結果、朝から晩まで当たり前のように勉強して、北海道大学に入学できるのですが、それはそれで大学入学の初年度は、うまくいかない1年間でした。
当時の私は、
モテたい・・・
キャンパスライフを楽しみたい・・・
良いかっこしたい・・・
モテたい・・・
友達もつくりたい・・・
モテたい・・・
モテたい・・・
となっていたのですが、
「色々あって」いかんせんお金がなくて
結局キャベツ食べるとか恥ずかしい生活をしてました。
(キャベツ食べると案外長く生きられる 笑)
当時私のまわりで「キャベツ」生活が流行っていましたwお金がないなら「キャベツを食え」と・・・・。
今考えれば謎な考えでしたが。。。
そんな私を見かねた先輩が日雇いのアルバイト先を色々と紹介してくれ、
その中の1つにお祭り屋(テキヤ)があった。
私にとってこの「テキヤ」との出会いが人生を変えるわけです。
その話をもう少しだけしていきたい。
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ちょっとした出会いが道を変えてくれた
とにかくお金がなかった。
お金がない→やる気がない
→やれることが少ない→遊びに行けない
→友達と遊べない→周りがうらやましい
→自分が嫌になる→何もしたくない
→アルバイトもしない→お金がない
というスパイラルにはいっており
「寝る」→「寝すぎる」→「寝すぎて疲れる」→「寝る」みたいな生活もしていました。
なので、これはヤバいということもあり、急に私はとにかく日雇いアルバイトを朝から晩までやりまくっていた。なんとなくスイッチが入ったわけです。
その仕事をこなしながら、毎日嫌なことが公私ともに起こり続けて、もうダメになりそうになりながら、なにかにぶつけたくて、ただ働いていました。
そして、ふと気がついたら、
やっていくにつれて目的が変わっていったわけです。少しずつ気持ちが変わっていきました。
何のために日雇いバイトをやるようになったのか、
それはお祭りに来る人の笑顔が楽しくて、
その場で金銭の授受することが面白くて、
お祭りの店舗の内装や電気の配置、販売員の構成なども考えていくことやABテストしていくことが面白くて、
何よりもはまっていきました。
仕事やお金稼ぎというものに。
そして1番大きな後押しとなったのが
トップとなる社長が私を信じてくれ任せてくれたからでした。
体調が悪くなればいつでも駆けつけてくれ、
本当に家族以上の愛を私に与えてくれたことで、誰かを信頼し、委ねられるようになり、
いつの間にか自分の家族よりも信頼をしていました。
今回はその前後の話や詳細は割愛しますが、
知らず知らずの中で
周りに委ねて、1つずつサボらず、全力でやり尽くす中で、
当時は暗中模索だったけれども、
気がついたら自分の糧にできていました。
そして、その経験が
「あってよかったこと」に変わっていきました。
今ではこの経験で得た、
「不遇でもチャンスを見つければ自分を変えられる」と言うこと、
「チャンスがあれば人は変われる」と言うこと
を理解しました。
俺、終わったなァ・・・
底辺まできたな・・・
・゚(´;ω;`)ウッ…
なんて思ったことも多かったですが、
V字回復していた、というわけです
つまり私の状況がどうだったかではなく、
その機会から私が何を汲み取ったかが大事だと思ったわけです。
結局はその問題は自分の問題です。
誰かが変わってくれるものではありませんでした。苦しくても誰かが変わってくれませんでした。
苦しみ続けて、誰も変わってくれないことに気づき底の底まで苦しみきったら、なんかふっきれて、もうやるしかないってなりました。
荒波のときって、だいたい色々重なるわけです
荒波すぎる当時の状況は自分では変えられないものだし、受け入れるしかないわけです。
(でも辛いですね。なんで自分だけがそんなうまくいかないことばっかりになるんだと毎日思ってた)
大切な事は得た経験の中でどのようにそれを判断し、自分の糧としてするかが1番大事だと思う。
そんなときに出会って、自分を変えてくれたのが
自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ
という言葉でした。
私が人生を通して立証したいことの1つであり、最も大切にしていることです。
ずっと新卒の会社からメールアドレスの署名にこの言葉を添えています。
今後も変えないでしょう。
その不遇は、絶体絶命の危機かもしれないけど、それが最後じゃない。
それをどうチャンスに変え、
そのチャンスでどう自分を変えられるか、だ。
継続は必ず意味がある。
何かしら自分なりの結果はでる。
いつかその苦しい状況は変わる。
そう信じていないとやってられない、ということもあるけど
やってる本人は辛いけど、
でも周りに一人でも「やれる」といってくれる人がいれば、その人のためにも頑張れるはず
そして、
今振り返ってもう1つわかったことがあって
苦しいときに経験したことはその後の自分や大切な誰のために意味があり、
得た経験や考えをその「大切な誰かに伝えるため」にある、のだと思います
私の経験を以前とある人に話したことがあります
それによりその私の大切な人の気持ちが変え、救えたことがありました。
こういうことのために自分は経験したのかなァ・・・と思いました。
意味のない経験はなく、どこかで意味があることだし、もっといえばどう意味づけしていくのか、だと思います
少しリッチなランチを食べながら、
そんなことを思い出しました、という話。
努力足りていないな、と反省しました。
がんばろ。
もっと考えや経験をシェアしていきます。
※偉そうなことを書いておいて自分自身ははるかに足りないと言うことも理解した前提で書いているので、押し付けたいと言うようなものではありません。
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