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nature論文とEBM(エビデンスに基づく経営)(No.15)

本日(2024年9月23日)の日経電子版の記事。


この記事で引用されている論文ついて触れたいと思います。
論文は2024年6月にnatureに掲載されたものです。

※日経がいま記事にしたのは、アマゾンの週5オフィス勤務義務化の動きを受けてのことだと思います。


オフィス勤務 v.s. リモート勤務の論争、あるいはオフィス回帰原理主義的な主張は意味ないっすよ~と言わんばかりの実証研究です。

実証実験に協力したのは、中国の旅行予約サイトtrip.com。

nature論文ではどのオフィスの社員が被験者になったのか、必ずしも明確ではないのですが、文脈から上海本社の社員と思われます。
(私の見落としだったらすみません<m(__)m>ぜひご指摘ください!)

記事前半は私のnature論文についての雑感です。
タイトルのオチをざっとご覧になりたい方は最後の大見出しのみ見てください(^^♪



原著のnature論文はこちら


日経よりも詳しい日本語の解説があったのでこちらも紹介!


nature論文は、完全オフィス勤務とハイブリッド勤務の生産性が変わらないことを説得力高く実証している!



調査屋さんというか、統計的な言い回しをするなら、「完全オフィスワークとハイブリッドワークとの間には、生産性に有意差は認められなかった」といった感じの研究結果です。

このneture論文がなぜ説得力高く実証しているのかを、調査屋的視点で挙げます。

因果推論の王道を踏んでいる

ランダム化比較試験という手法で実証されています。
この手法は、対象者をランダムに2グループに分け、恣意性を極力排除した条件下で治療法や施策の効果を測定するもの。
片方のグループに治療や施策を施し、もう片方には施さない。
そのうえで両者の効果(今回のテーマだと業績評価やコード量といった生産性)の統計的有意差(まぐれじゃないと言えるレベルで明確な差があるか)を確認するものです。

マーケティング界隈ですと、A/Bテストとしても知られてますよね!


ホワイトカラーの働き方の実態に即している

この段落は私の主観です。
オフィス勤務 v.s. リモート勤務の論争って、完全オフィス勤務 v.s. 完全リモート勤務の二元論的に捉えられることが多いように思います。
ですが、ホワイトカラーでリモート勤務している人って、使い分け(比率やどんな時にリモート/オフィスで仕事するかの選択は、所属組織の決まり頃や個人の考え方次第)しているのが実態では?

nature論文に戻ります。
nature論文でも、先行研究における二元論的な捉え方を問題視しています。
「実際は、リモート勤務とオフィス勤務を使い分けている人が多いじゃん!」ということを示したうえで、ハイブリット勤務と完全オフィス勤務の比較をしています。


日常業務での比較をしている

ハイブリッド勤務だけでなく、完全リモート勤務も含めると、オフィス勤務 v.s. リモート勤務のランダム化比較試験をしている実証研究は他にもあります。

例えば下記研究など。


解説記事はこちらなど。


上記研究の比較条件はこんな感じ。

  • 完全オフィス勤務/完全リモート勤務 いずれのグループも実験のために新規採用した人たちを割り当てている

  • 新規採用した人たちを被験者として、文字入力の仕事をさせている

  • 被験者に行ってもらう文字入力は、実験用のもの

つまり実験環境下での結果をもって、生産性の差異が論じられています。
「日常業務ではどうなん?」に答える結果ではありません。

nature論文ではホワイトカラーの日常業務について、実態に即した完全オフィス勤務とハイブリット勤務の比較をしています。

ここに高い実用性・説得力があります。


オフィス勤務 v.s. リモート勤務論争の目的変数を統合した

これまでの調査研究では、日常業務とかけ離れた環境下での結果をもって、リモートワークはオフィス勤務に比べて生産性が低いと論じられてきました(neture論文も指摘しています)。

あるいはリモート勤務のポジティブ影響を示した研究では、「リモート勤務はエンゲージメントを高める」といったように、生産性とは別の目的変数に対するポジティブ影響が示されてきました。

この段落は私の主観ですが、オフィス勤務回帰派、リモート勤務擁護派、それぞれが何がしかの調査研究結果を引っ張り出しながら、オフィス勤務 v.s. リモート勤務の論争がされてきたように思います。

ですが双方が引っ張り出す調査研究結果の目的変数が異なるため、議論が同じテーブルに乗っていないし、互いの意見(教義?信条?主観?偏見?)の主張合戦のようにも見えます。

あるいは、自身のポジションが先にあって、都合の良い調査結果を”エビデンスっぽく”担ぐ…といった構図だったかもしれません。



nature論文は生産性だけでなく、エンゲージメントについても言及しています。
ハイブリッド勤務のグループの方が、完全オフィス勤務のグループに比べて離職率が低く、仕事満足度が高いことが示されています。
そしてこれらの結果は、女性や長距離通勤者で顕著だったとのこと。

上海は私も過去に3回行き、地下鉄と高速鉄道に乗ったこともあります。
混雑時間帯の混みっぷりは、東京のそれにも通じるように思います。

nature論文は、社員一人ひとりが時間を柔軟に使えるようになることで、生産性の向上にはつながらないけど、生産性を下げずにエンゲージメントを向上させることにつながるということを示しています


実証実験に協力した企業は、ハイブリットワークのルールを全社員に適用した!



タイトルに対するオチです。
冒頭の日経記事の後半の一文を引用します。

”トリップドットコムでは実験後、会社の全部門の従業員にハイブリッド勤務のルールを適用したという。”

これぞEBM(Evidence Based Management)って経営判断です。

採用や入社時研修のコストは結構大きいので、早期離職は結果として全社の利益率に影響する。生産性に有意差が無いのであれば、エンゲージメントを高める働き方を全社に導入するのが合理的、という経営判断だったのではと推察します。

実証実験をして、結果を素直に経営判断につなげる…ここまでEBMな経営判断、どのくらいされているでしょうか…(私見)。

あと、Trip.comって比較サイトで最安出てきてもなんとなく敬遠していたのですが、イメージ変わったなぁ

もっとも、論文が生産性の要素として見ているのは、業績評価やエンジニアの書いたコードの量等々。

「以心伝心」や「上意下達」のスピード、あるいはこれらを伝えたい側が「伝わっていると思える感」等は、この論文では一切語られていません。
これらは生産性とは別のもの、として捉えられていることを、一応添えておきます。

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