推しを追っかけてきた台北で、「最高」を知ったあの日の話。
「良いんですかね」
「いーんだよ、ここは。ここならまあ、なんでも。」
きょとんとする私を見て
「度が過ぎなきゃだけどね。笑」
とふふっと笑う。
台湾のドン・キホーテ。
おもちゃ探しに来たそこは見渡す限り日本のものばかりで。
初台湾の私が何も困らないどころか商品紹介のポップも日本語。
ショーケースにバカほど高い兜と鎧が飾ってあったり、
小さなモニターに日清のCMがループ再生されてたり。
少しだけ日本より価格設定も高かったけど、
そこは私の知ってるドンキ。
DON DON DONKI。(名称ちょっと違ったけど)
日本から逃げてきたはずなのに、
結局ほぼ日本みたいなところで安堵してしまっている。
そんなとき、目に入った大きな旗。
2024年7月6日。
真っ赤なその旗を見て、
なんだか心が震えた気がした。
「ねーなー全然」
おもしろグッズがあればいいなぁと思い会場近くのここに来た。
でも、店舗の半分は日本食のスーパーみたいになっていて
「これぞドンキ!」と言った謎グッズはそこまでない。
友達でもなければ、家族でもない、
そんな方たちとお店の中をぐるぐる回る。
関係性を聞かれればそれ以上でもそれ以下でもない、
オタク・えびちゅうファミリーという集団。
歳もずっと離れているし、半分くらい昨日はじめましてだった方だし…
ずっと長く私立恵比寿中学を応援してきた、言わばオタクの師匠みたいな人たちの集まり。
この人たちは一緒に行動しているちっこい女が
えびちゅうの風見和香推しのオタク「シマまる」であること以外
私のことをほとんど知らない。
通路は狭くて人でいっぱいで。
申し訳ないなと思いながらもはぐれないように後ろをくっついて歩く。
結局皆さんは某プリ〇ュア風の音の鳴る光る変身アイテム?とかと悩みつつ、それぞれなんやかんやもってレジへ向かった。
「あれ?シマまる何も買わないの?」
「いや、私はいいんです。VIPじゃないし、ステージからは見えないんで。」
「私立恵比寿中学 15th Anniversary Tour 2024 ~the other side of indigo hour~in Taipei」
あと数時間と迫ったライブ。
たぶん私は、
たぶんだけど。
見えない。
「あんた、台湾に何しに行くん?」
出発前日、電話先で母が呆れた声で突き放す。
「見えないって、何しに行くん?」
「しゃーないやん。この身長じゃライブハウスだと埋もれるのはわかってたことだし」
行けるだけ幸せだしそれで大丈夫と言いかけたとき、大きなため息をつかれた。
「あのね、もう19なんだし知ってるやろ。安くないんよ。どんだけあんたの金って言おうが、それを与えた人は誰?なんのためにくれたのかよく考えなさい」
「知ってるよ。ちゃんと、ちゃんとわかってるもん」
「だろうね。あんたは兄貴よりそのへんしっかりしてるけん。ならさ、他の選択はできんかったんかね?全部わかってて、なんでそう…」
免許は取れるし、バイクだって買えるし、顔も見えなかったら楽しくもないやろ、なんでそこまでするん…とぼそぼそ呟かれる。
元々公式ツアーは飛行機ホテルセットのプラン。
申し込んでみたけど、結果落選。
その後のリベンジでホテルのみ付いたプランでなんとか当選したものの、
ツアーに付属するチケットはVIPエリアではなく、
その後に入場する一般チケットに変わっていた。
台湾の一般発売で買うこともできたけど、VIPチケットは1枚3600元。
身長148cm、台湾に”行くこと”にすべてをかけてしまった私には手を出すことはできなかった。
違うんよ、かあちゃん。
ライブがすべてじゃないし、
見えなくたって、、見えなくたってさ。楽しいんだよ。
だってこれは、
「私の冒険だから。」
「ライブハウスは初めて?」
「えびではそうですね。あ、でも、5月にひなちゃんのライブで。整番良かったこともあってそこまで見えないことはなかったです。ロックもあればバラードもあって、雰囲気も探り探りでしたし」
「まぁ、アイドル現場とは別物だからなー」
「ライブハウスって、なんだか本当に”オタク”になれた気がします」
「きっと想像以上だよ。大丈夫だとは思うけど、暑いだろうから無理はせずに」
会場は見た目が古びた倉庫のような場所で、
思ってたライブハウスとはかけ離れていた。
近くでちいかわ展だったり、ウルトラマン展だったり、たぶん台湾で人気なのであろうキャラクターの展示会があってたり。
それでも会場の前はえびちゅうユニフォームを着たオタクたちで溢れててなんだか安心する。見たことある顔がいっぱい。
”挑戦状 絶対負けません”
別に私服でもいいよなぁと思って着るつもりはなかったけど
真っ赤な旗を思い出して。
お手洗い行ってきます、とだけ伝えて、
リュックの奥底に入れていたものに着替えた。
鎧(自作T)を着た。
現場に通うようになって気づいたことがある。
Tシャツって、ステージから見えない。
(そりゃそうだろ)
絶妙にダサいのがかっこいいと思っていたけど、
同世代の女の子たち見てたら少し恥ずかしくて。
元々「参戦する」ために着ていた鎧も
ライブ中に私が”シマまる”になる(精一杯オタクする)ための
防護服になってしまっていた。
鎧を着ておけば、私はシマまるだから。
友達も少なくて、めちゃくちゃ人見知りの”私”じゃなく、
シマまるさんになれるから。
ステージから見えない以上、
オタクに見せびらかすか特典会に着ていくしかないし、
私の場合、良くも悪くも「シマまる」の証明になってしまっていた。
札幌にも持って行ってたけど、
カバンの奥から出すことはなかった。
母親の言葉を思い出す。
そうだ、これは冒険で挑戦だ。
私がオタクでいるために、じゃなく
私が私でいるために。
護るためじゃなく、戦うために。
私だけの参戦服、”鎧”。
開場前、入口前には長蛇の列。
VIP組のオタクと分かれて、一般列に並ぶ。
整理番号は19番。
これだけだとよく見えるけど、チケットの種類は
・ツアー付属日本VIP(約100枚)
・台北発売VIP(約100枚)
・ツアー付属一般
・台北発売一般
の4種。日本・台北はそれぞれ交互に入場していたため、
全体見るとだいたい238番くらい。
チケットをもぎられて手の甲に青い「EBICHU」スタンプを押される。
なんじゃこれ!と思いつつ、入場即早歩きで前へ進んだ。
VIPエリアと一般エリアは柵で隔てられていて、
あっちには女性限定エリアもあった。一般はやっぱりないよな…
とりあえず少しでも見える場所…と探した結果、
下手側柵2列目に目の前に隙間のある場所を発見。
とりあえずその場に行ってみる。
え、まじで。
み、見える!!!!
VIPエリアと若干距離があったから
ぎゅうぎゅうにならずに、しかも謎隙間により実質中間柵1列目。
逆に見える!まじで!!!!
低身長にはありがたすぎる場所!!
「あ、シマまるさん!」
しかも周りは知り合いだらけ。
なにこれ、もうこの時点で楽しすぎる予感。
16時30分。
台湾アイドル様のオープニングアクトが始まり、
オタクたちの熱がどんどん上がっていく。
一般エリアには現地のアイドルオタクの皆様が多くいらっしゃった。
日本式のコールをしたり、サークルができてたり、
エビオタもそこに混じって盛り上がる。
これぞ、私の想像してた”アイドル現場”。
台湾ニキたち、だいぶ強火。
アツアツのオープニングアクトが終わり
17時までほんの少しの時間。
「55分、あと4分だな…」
「え、5分じゃないんですか?」
「59分になったら、叫ぶんだよ。」
そう教えてくれたのは真後ろにいたラジオでおなじみのららら・らいさん。
会うたびおしゃべりしてくれる心優しきオタク。
あ。そうだ。
このツアーに一度でも足を運んだ人は開演直前に
「えまぢぃ~!!!!」
「ゆのぉぉぉお゛~!!!!」
という雄叫びを聞いたことがあるのではないだろうか。
そう、この「ゆのぉぉぉお゛~!!!!」の主がららら・らいさん。
この間配信でメンバーが言ってたけど、この声、ちゃんと聞こえてるらしい。
いつも「えまぢぃ~!!!!」してる(私もとてもよくしてもらってる)オタクは日本でお仕事中。そんな話の流れからこんな提案が。
「ねぇ、みんなで一緒に叫ぼうよ」
「え、私もですか?」
「うん。誰の名前言ってもいいよ!」
「私がですか??」
「うん」
「私???」
「うん」
周りにいた知り合いオタクたちも渦に巻かれ、
そういうことに。
いや、でも前から興味はあった。
自分はそっち側じゃないと思っていたけど、
目立ちたくないとか、そんな気持ちに負けていたのは確かである。
「良いんですかね…」
「いーのいーの!!」
16時59分。
「ゆのぉぉぉお゛~!!!!」の声にどないしよ!とあわあわする私。
ほら!ほら!と背中を押され、目一杯息を吸う。
「ののかぁー!!!」
若干のハスキーボイスだし、大きな声が出たわけじゃない。
それでもよかった。どこか吹っ切れた。
いーのだ、これで。
「小林歌穂さーん!!!!!」
「ぽーぢゃーん!!!!」
続くように叫ぶと、VIPのほうからも
「桜木~!!!!!」「ま゛やま゛ー!!!!!」と
続々と聞こえてくる。
そして、
※少しネタバレあります
17時00分。
日本時間18時ちょうど。
軽快なスネアドラムの音が聞こえてくる。
今回はライブハウスということもあって
映像演出は一切なし。
大きな小道具の演出のある曲もなし。
だけど、頭の中にはあの映像が駆け巡っていて、
目の前には見えない時計があって、刻々と、始まりが近づいてくる。
トランペットのイントロで
フォォー!!!と一気に温度の上がる会場。
歓声とともにメンバーが登場し
始まったのは「Knock You Out!」
まるでラップバトル。
いつもならステージセットに個々で立っているメンバーが
私立恵比寿中学として平らなステージに横並びに立つ。
個々のパートでは中心に向かい合い、やってるぞと言わんばかりの尖った笑みを浮かべていた。
コールの声量もつられてどんどん大きくなっていく。
体にビートが打ち込まれる。
人間の欲望というか、本能というか。
誰もが何もかも忘れていた。
喉壊しかねないくらいでっかい声を出して。
両足で跳んで、ペンライトを掲げて、
言葉になってない言葉を、ただただ叫ぶ。
これぞ、”野生の生きたライブ”の開幕だった。
ここから少しピックアップして紹介しようと思う。
前述通り、この公演では大きな小道具が使えない。
私がこのツアーで1番楽しみにしてると言っても過言ではない
学校ブロックがまるごとなくなっているということだった。
前日から「たぶんあの曲はなくなるだろうねぇ」とオタクに教えてもらってはいたが、開演前にステージのサイズ感や雰囲気を見て、やっぱり変更だよなぁ…まじか…
と思っていたところにブチこまれたのは
「誘惑したいや」
そして
「揚げろ!エビフライ」
「ナチュメロらんでぶー」
「ラブリースマイリーベイビー」
…ねぇ。
ファミえんやないか!!
※春ツアー台北公演です
我が推し、風見和香さんが
「台湾のセトリ楽しみにしてて!」などとお話しされていたが
いや、まてまて。ファミえん大好きマン、想像以上すぎるよ。
「誘惑したいや」は大好きな曲の一つ。
推しが加入したオーディション時の課題曲だったり、
初めてレコーディングしたアルバムに収録されていたから。
イントロが流れ出したそのときに
頭の中には今よりずっと幼い推しの姿が駆け巡る。
私は基本右手にペンライトを2本持って、
ののかまるの歌割りのときは掲げてるのだけど
ふと一瞬、その瞬間だけ、
胸に手を当てた彼女を見て
ペンライトを持ち上げた腕の力が抜けてしまった。
かき乱される 私の心
胸の中こっそり 流した
あぁ。
全身にぶわっと鳥肌がたつ。
あれから3年経って、歌い方も声質もずいぶんと大人っぽくなった彼女。
音源化されている「誘惑したいや」からたくさんの経験や思い出を積み上げたのだろう。
次のパートの美怜ちゃんに見えないバトンをそっと渡す。
うまくこの感情を言葉にできないけれど、
喉のあたりまで何かが込み上げてきて、ちょっとむせそうになった。
誘惑されてしまった私の心は
そこからはもう、どうにもできなかった。
ふわふわとしたまま、
野性的にライブへ食いついた。
あと、「ラブリースマイリーベイビー」に
台湾ニキたちが「ガチ恋口上」を入れるということも…
ガチ恋口上は知ってはいたけど、
なんか、ガチな集団的ガチ恋を見るのは初。
(しかもラブスマ)
えぇまじでここで!と思ってると
メンバーも同じ反応で、目を丸くしてイヤモニ外してた。笑
台湾ニキ…!!強い!!!
ま、私は私で「の゛ぉーのかっ!!!!」コールできて楽しかったです大好きラブスマ愛してる。
そして、
アンコールの日替わり曲は
「放課後ゲタ箱ロッケンロールMX」
「サドンデス」
そうだな…
もうこの曲たちに関しては楽しすぎて記憶が飛んじゃってるんだよな…笑
ホールだと跳ぶときって気を遣うんだけど、
だーれも気を遣わない(気を遣うことを忘れてしまってる)現場だからこそ
本気でMXジャンプしてた。
跳んでもちっちゃいことは変わりないけど。
そして、気づいたときには
メンバーが手を振って、ステージを捌けて行っていた。
楽しかった。
最高だ。文字通りの気持ちだ。
それ以上の言葉が見つからない。
少し汗で滲んだ手の甲の「EBICHU」が愛おしい。
消えないように、優しくそっと撫でる。
この文字は、朝になれば消えてしまうんだろうな。
明日の夜、日本に帰るんだよな。
落ちてしまったら何もかもすべてなくなってしまいそうで。
このまま永遠に残るように
一生取れない墨で彫ってもらいたい、とまで本気で思った。
これを手に刻んだら、
目の前で起こったすべてが
思い出にならないでいてくれるだろうか。
歩いたり跳んだりで悲鳴をあげているふくらはぎの痛みも
ペンライトをぎゅっと握りしめて突きあげた右手の感触も
熱気に溺れてゆでだこみたいになったほでった顔の熱さも
耳に残る歌声もビートも、
曲終わりに肩で息をしてるのがわかるほどのパフォーマンスも
推しと、風見和香と、
ふと目が合って笑ってくれたあの数秒も
流れていく時間の中で、
薄れず、滲まず、消えずに
私の中で輝き続けてくれるだろうか。
沸騰していた心が少しずつ、ほんの少しずつ、
現実という外気で冷めていくのがわかる。
ホテルまで帰るバスの中でずっと窓の外を覗いていたけど
飽和していたからか、なんの感動もないただの景色にしか見えなかった。
絶望するほど、幸せだった。
その日の夜は一緒にドンキに行ったオタクたちにご飯連れてってもらった。
全員が「今日のはすごく良かった」と言っていた。
「まさかこんな熱くなるとは思わなかった」
「久々にあんなに跳んだ」
「日本帰って同じツアー見て楽しめるか不安」
食欲より満足さが勝っていたようで
普段いっぱい食べそうな人ほど全然箸が進んでいない。
ニュージーランド公演にも行った人たちが
口々にそう語る公演だった。
誰と戦っていたのか、
勝つとはなんなのか、
今でもちょっとわからないけど。
私、勝ったんだ。
台北まで来てよかった。
2024年7月17日。
日本に帰ってきて10日がたった。
相変わらず私立恵比寿中学は帰ったその週末から
フェスに出たり、栃木でライブをしたり。
私は私で台北に行った採算を取るべく
バイトに明け暮れる日々。
台北が過去の公演になってしまって
ちょっと寂しいけれど
こればかりはどうしようもない。
手の甲の文字は跡形もなく
血管が薄っすら見えるだけ。
あの日は勝手に思い出に変わってしまった。
でも、それでいいのかもしれない。
思い出になれば、
少しずつぼんやり薄れながら
いつか忘れてしまうかもしれない。
最高が、最高でなくなってしまうかもしれない。
でもそれは、
私の中の最高が、塗り替えられるだけだから。
私立恵比寿中学が、塗り替えていくだけなのだから。
写真を見返して、
夜な夜なふふっと笑う。
いーのだ。それで。
それが、
それだからいいのだ。
「日本で楽しめるか不安…」って言ってたオタクたちも
「栃木サイコー!!!」って言ってたし
まぁ、そういうことなんだと思う。
私も私で来週末は大阪遠征、
8月は東京と山梨でえびちゅうに会う予定だし。
アイドルって
私立恵比寿中学って、すごいや。
そんなこんなで明日も日本で生きる。
いつかの最高を見つけにライブへ通う。
私はまだまだ冒険の途中なのかもしれない。
ただのオタク
シマまる
P.S.
朝からオタクと観光もした!(面倒見てくださってた)
ありがとうございました!!
&じいちゃんのフィルムカメラ(コニカ Ⅲ)から覗いた景色。