天国と、とてつもない暇/最果タヒ②〈完〉【1529字】
まずしさは、こころのまずしさは、誰かを傷つけた回数でなくて、きみがきみを諦めた回数で決まる。左手があつくなってそのうち、私は、朝のひかりに気づく。
──『重力の詩』より──.
きみがきみを諦めるとき、きみは時をとめようとするけれど、せかいは変わらず流れていく。きみがきみを諦めるたび、きみとせかいの時間はずれていく。
息を吐くたび、空き缶を潰すように世界が私に押し寄せて、
地平線、ひびわれた、
隙間が遠くに見える。
──『椅子の詩』──.
世界、世界、世界、私の、世界。
私の息と、ともに吐き出される、雷、地平線をひきさいて、そのさけ目からは、ここちよい音楽。
ねえ。「甘い」と「眠い」は感覚として、よく似てるね。
好きという言葉で、人間の理性は眠っていくよ。
──『おやすみ』より──.
誰かにみとめられると、満たされてしまうこころ。は、眠りについて、いくようで、「好き」なんてひどい言葉だよね、わたしからわたしを引き剥がしていってしまうのだから。
夏が刺さったまま、果物は、秋まで行くつもりです。
きみは、愛してくれたすべてのひとの視線を、
素肌に刺してどこに行くつもり?
──『旬の桃』より──.
愛の果実のいきつく先はどこなのだろうか? わからない、すべては光におおわれていて、だれもなにもわからないことになっている。
ときどき、どきどき、咲く花、つぼみが膨らむその瞬間を、肺にみいだす、弾けて消えるわたしというもの、それから、一輪の花。
──『新婚さんいらっしゃい』より──.
ときどき、どきどき、しんぞうの、鼓動。そうやって、花はきれいになっていく。
反陽子と陽子のように、きみと私が触れて、私たちが消える代わりに宇宙が生まれたなら、いい、
ここはそうしてできたのだと、信じるために恋があるよね。
──『穴の詩』より──.
触れあって、かき消えて、新しい、宇宙が生まれる。恋によって生まれたいのちと、恋によって死んでしまったいのち、どちらもおなじだけ、とうとい、いのち。
愛より愛を流す水がきれいなんだよなあ、
文学や音楽、だからみんな好きなんだろうなあ、
──『七夕の詩』──.
文学や音楽、は、愛を流していく、
流れるすがたは自然だよね、だからうつくしい。
いっても、わたしのことを世界が、
きみではなくて、世界が、覗き込んだらいいとおもっている、わたしのなかにもきっと桜は咲くのだ、梅はかおるのだ、
──『えんそく』より──.
わたしは桜をみる、梅のかおりをかんじる、ね。みんなわたしのなかにあるものだから、わたしはわたしを、世界にあじわってもらいたい。
ぼくをちぎって、誰かに捧げる。
そうしてこの世界と一緒に、散る散る散る。
夏は、深呼吸。
ぼくの深呼吸。
──『夏の深呼吸』より──.
散る散る散る、世界。流れる流れる流れる、とき。どきどきどきどき、心臓。
もしも呼吸をとめたら、夏は終わらないのかもしれない、が、そんな夏はいらない。すぎゆく夏、こそ、うつくしい、ぼくのいのちの在るべきすがた。
まとめ.
個人的に、最果タヒ最高傑作、到達点といえる詩集だと思いました。無常なる世界、永遠に続く喪失。そのすべてを受容する、愛、めいっぱい詰まっています。
溢れんばかりの愛が問答無用で伝播してきます。理性では抗えない、感性の爆発。頭よりも心に直接響いてきます。いや、本当に、冗談ではなく────。
〈完〉
──Thank You For Reading──.