【読書感想文】よもつひらさか/今邑彩 ※ネタバレ注意
本日の読書感想文はこちら。
ホラーの中でも独特な雰囲気が魅力の今邑彩さんの作品。
『しっとり、じっとり』という言葉がよく似合う短編集です。
奇妙で不思議な世界観に浸れる十二の話
どれも怖くて面白い作品であることに間違いはありません。
しかしどの話もテイストが異なるので、まったく違う雰囲気を味わうことができます。とても贅沢。
全部で十二話ありますが、特に好きなものをピックアップします。
◇ささやく鏡
祖母の遺品整理をしていた主人公。そこで見つけたのは、箱にしまわれていた古い手鏡。祖母の生前に一度発見していたのですが、それを知った祖母はあまり良い顔をしませんでした。
祖母が亡くなった後、改めてその鏡を覗いてみる。するとそこに映ったのは、身に覚えがない格好をした自分の姿。思い返してみると、祖母はこれから起こることを言い当てたりすることがあった。もしかしてこれは、未来に起こる自分を映しているのではないか?そう考えた主人公は、ことあるごとにその鏡を覗くようになる。
未来が見えるというのは凄いことですが、それがいいことかどうかはわからないですよね。ただ主人公は盲目になってしまい、躍起になって鏡の通りの未来を求めるようになる。祖母が「鏡の主人は一人だけ」と言ってましたが、振り回してる様子を見るとどっちかって言うと鏡が主人のような気がします。
◇ハーフアンドハーフ
夫婦である真由子と辰彦。
「別れてほしい」と辰彦が切り出すシーンから物語は始まります。真由子は特に未練もないし承諾しますが、辰彦は頑なに「別れてほしい」と口にします。その態度を訝しんだ真由子が理由を尋ねたことにより、事態は思ってもみない方向へ転がっていきます。
離婚話がこじれただけでは済まないこの話。真由子のとあることへの執着が、戦慄の結末を迎えることとなります。そこまで長くない話の中で、キレ味良すぎるオチが待っています。
◇双頭の影
ふらっと立ち寄った骨董屋。そこで見つけたのは、どう見ても古びただけなのに15000円という高価な値をつけられた箱。店の主人によると、それは話を売る箱なのだという。好奇心に勝てず購入してみると、店の主人がゆっくりと語り出した―――
店の主人が修善寺を旅していた時、一組の夫婦と出会った。片割れである夫と話をするまでに親しくなった主人は、夫から奇妙な話を聞かせてもらう。
彼の実家は寺だったのだが、その天井におかしな影が見えるようになる。人の形に見えるのだが、人間離れしているところもあった。その影には明らかに、頭が二つあったのだ。
何故頭が二つあるのか、何故天井にそんな影が出るのか…想像が導いた真相とは。
最初は幽霊の類のお話かと思いきや、ある意味それよりも怖いかもしれません。そして店の主人の最後の台詞に、再度驚くこととなるでしょう。
◇家に着くまで
タクシー運転手と、そこに乗り込んできたお客さんとの会話を中心に、物語が進んでいきます。
話題は、ワイドショーで人気を博していた鳥飼久美というキャスターが、自宅の階段から転落して亡くなった話へ。自宅の2階の窓が開いており、熱狂的なファンあるいはストーカー説が有力視されていた。だが運転手は、違う観点から別の仮説を立てていく。
この運転手さんの頭の回転の速さに脱帽してしまいますが、途中から話が二転三転し始めます。そして最後には、タイトルの意味を回収する大きなどんでん返しが待っている。
有名税というのは、良し悪し表裏一体なんですかね。
◇よもつひらさか
とある男性が、駆け落ちした娘に会いにやってきた。
坂道を上がっていると、登山をするような格好の青年に出会う。立ち眩みを覚えた男性に青年が水をくれたことで、会話を交わすように。
ついでに娘がいる家まで案内してくれることとなったのだが、青年から坂に関する奇妙な話を聞くことになった。
坂にある石に書かれていた『よもつひらさか』は古事記に出てくる『黄泉比良坂』のこと。亡者が現れるという謂れがあるその坂で、青年は不思議な体験をしたという―――
黄泉という漢字が入っている時点で、ちょっと気味悪く感じますよね。そこで聞くおかしな体験のお話…徐々に怪しい雰囲気が漂います。
このじっとりとした嫌な空気(褒めてる)が今邑さんの真骨頂です。
それから、知らない人からもらったものは口にしないようにしましょう。
『この世ならざるものが一番怖い』『結局生きている人間が一番怖い』、どちらも楽しめるまさに傑作
基本はホラーなんですが、【家に着くまで】のようにミステリーに近いお話もあり、どちらかが好きなら楽しめると思います。また切ない話もあったり、男女のもつれの話だったり、いろんな要素がこの一冊の中に詰まっているのも魅力的です。
また、思い込みが激しくて狂っているとしか思えない思考の人も多く登場します。どうしてそこまで頑ななのか…そこもまた恐怖の一つです。
ではでは、また次の投稿まで。